帝国年代記〜催涙雨〜

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  大海原を往く  

 住処から、ほんの少しの開けた場所。
 ちょうどいい具合に大きめの切り株があり、そこに二人ならんで腰掛けた。
「お話とは、なんでしょうか?」
 改めてアメジストが問うと、レグルスはこめかみをかりかりと掻いた。
「うん。まあ……ジェイスンの、事なんだけどさ」
 彼はちらり、と住処の方角を見やって、もう一度アメジストに向き直る。
「あの子、ちゃんと他の子と上手くやっていけてる?……んー、なんというか……どこかずれてるところ、あるだろ?」
 確かに、とアメジストは思った。口には出さないが。
「この森でひとりぼっちで育ててしまったからっていうのも、そりゃあるんだろうけど。やっぱり、自分の子どもがちゃんとみんなと上手くやっていけているのか、心配だったからさ」
「……大丈夫ですよ。彼は、よくやってくれています」
 そう、と言って彼はほっとした顔をした。
 その表情は嬉しそうで、それでいてとても誇らしげだった。
 やはり実子ではなくても、子どもが一人前になるということは、喜ばしいことなのだろう。

 もし、母様が生きていたら。アメジストはふと思いを巡らす。同じように私を誇ってくださるかしら……?

「ありがとう。一人の人間として、あの子を、ジェイスンを愛してくれて。……あなたが、あの子を導いてくれたんだ。感謝しているよ」
 アメジストは首を横に振った。何もしていないからだ。
 アメジストがしたことは、ただ単に彼を直属近衛にしただけだ。しかも、重鎮たちに根回しもせず、本人に対してもかなり強引な方法で。
 それがどれだけ子どもじみた行動だったのか、今ではよく分かる。
 子どもだったから、などという言い訳は通用しない。……一国の王たるもの、それではいけないのだ。
「もうひとつ、いいかな。あなたは双子だったね? それも男女の」
「あ、はい……それが、なにか?」
 考えこんでいたアメジストはつい反射的に返事をしてしまったが、レグルスはとくに何を言うわけでもなく、しばし黙った。
 そして、とてもいいにくそうに切り出した。
「……男女の双子に、――といっても、双子自体とても珍しいことだけど――、ごくまれにあることだ。たくさんある可能性の一つとして、聞いてほしい」
「なんでしょうか……?」
 心の奥が不意にざわめく。居住まいを正し、レグルスをじっと見つめた。
 彼は、目をそらさずに、言った。
「あなたは、ひょっとしたら。……血を、遺せないかもしれない」
「…………」
 彼女は、あきらめと悲しみがないまぜになったような顔で、笑った。
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