帝国年代記〜催涙雨〜
大海原を往く
アメジストたちは、森の中を歩いていた。
うっそうと茂る木々の間、申し訳程度にある獣道をたどり、奥へと進む。
「……はぁ、はぁ……ねえ、もうちょっと……まともな道はないの……?」
息を切らしながら、アメジストは先頭を歩くジェイスンに声をかけた。
「ありません。はじめに獣道程度の道しかありませんと言ったはずですが」
振り返りもせずに、彼は言う。そもそもの体力が違うから仕方がないとは言え、ひとり涼しい顔をしているジェイスンに、やり場のない
怒りを覚えた。
「頑張ってくださいよ、もう少しで安全な場所に入りますから。……水、飲みますか」
「結構よ!」
彼に怒りをぶつけるのは間違っている、と分かっていても、アメジストには感情を抑える余裕はなかった。
なんにしても、ここは「道を知っている」ジェイスンの先導にしたがって進むしかないのだ。
「そもそも……最初から教え、て、くれていれば……はぁ、モーベルムまで行かなく、てもよか……たのに……はぁ」
「最初からっつったって、目的も分からないのに教えられるわけないじゃないですか。……疲れてるなら、喋らないほうがいいと思いますけどね」
「う、うるさいのよ……!」
二人のやりとりに入り込めるはずもなく。リチャードとジェシカはその様子をはらはらと見守る。
ことの成り行きは、こうだ。
モーベルムに着いた一行は、まず武装商船団のアジトを探した。半ば公然の秘密となっていたアジトを見つけるのは簡単だった。
そこでこそこそと裏に回る、などはせずに真正面から入り、見咎められることなく奥まで入り込んだ。……堂々としていれば意外と気づ
かれないものだ、と思いながらたどり着いたのは重々しい扉。
武装商船団の、おそらく上の地位の人間たちが会議をしているらしい、というのが分かったのは、扉の前にいた下っ端にこっちに来るな
、と追い払われたからだ。シッシッと、まるで動物でも追いやるしぐさつきで。
それに憤慨した(特にリチャード)アメジストが皇帝の名を出そうとしたところ、ジェイスンに後ろから口をふさがれ、息が出来ずに目
を白黒させているうちに、気がついたら見張りが床に伸びていた。
間諜よろしく、扉から漏れ聞こえる本拠地についての情報を聞いていたが、やはりそこは素人。相手に勘付かれて逃げられてしまった。
「エンリケがいたな」
もぬけのからになった部屋のなかを見て、ジェイスンがつぶやく。
「エンリケ?」
「武装商船団のリーダーですね。今も変わっていなければ、ですが」
アメジストは眉をひそめた。
「……知っているの、武装商船団のことを?」
「ええ、まあ。昔に、ちょっとした縁が……なんですか」
その言葉で、アメジストのなかの何かが盛大に切れた。
「どうしてそんな大切なことを言わないの! 今回の最大の目的じゃないの!」
「どうしてって、別に聞かれませんでしたからね」
「なによ涼しい顔して! 今現在貴方が知っている武装商船団の情報、残らず教えなさい! 今すぐよ!」
「へ、陛下……人が来ますから、どうか落ち着いて」
ジェシカのとりなしで、アメジストはやっとのことで矛を収めたのだった。
その後、ジェイスンから武装商船団のことを聞き出し(「昔と同じなら」という注釈つきだったが)、「モンスターがたくさんいる」海
路と「獣道程度の道しかないが、道を知っている」陸路どちらがいいかを総合的に考え、陸路を選択し、今に至るというわけだ。
「ねえジェイスン、大丈夫なの? そろそろ日が落ちるわ」
不安そうに辺りを見渡しながら、ジェシカが問う。
「大丈夫だ、もうすぐ……」
その時、きりり、と空気が変わった。
ジェイスンとアメジストがほぼ同時に足をとめる。
「……空気が」
上手く言えないが、さっきまでいた場所とは明らかに違うのは分かる。
「もう大丈夫ですよ。この辺りは聖域ですから、悪いものは入り込めない」
彼はそう言うと、森の奥に向かって声をかけた。
「……いるんだろう? そこに」
ジェイスンの呼びかけに応えるように、草がガサリと音を立てた。
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