帝国年代記〜催涙雨〜

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  大海原を往く  

 アメジストの皇帝としての初の大仕事は、ヴィクトール運河にレオンブリッジを架けたことである。
 橋を架ければ他国との行き来もしやすくなる。行き来がしやすくなれば、交易がもっと盛んになる。ひいては国のためになる、と踏んだのだ。
 だが、橋そのものは完成したというのに、交易が遅々として進まない。彼女はその原因を調べさせていたのだが、つい最近になってようやく原因が判明した。

 武装商船団。

 なんとなくかっこよさげな名称ではあるが、平たく言えば海賊だ。その武装商船団がロンギッド海を牛耳る形になってしまっていることが原因だった。
 無論、武装商船団に断りを入れずに航海することも可能だ。しかしその場合、彼らと海上での戦いを意味する。そして現在の帝国に水軍はない。まさか通常の商船に武装船を相手に戦ってくれ、などとは言えるはずもない。
「うーん、交易さえ出来るようになれば国庫も随分楽になるのだけれど……そのためには武装商船団をなんとかしなければいけないわね」
「ええ、地元の船乗りたちはどうやら彼らに上納金を納めて、出航の許可を貰っているようです」
 ぺらり、と資料をめくって大臣が告げる。
「彼らの動向は? 商船を襲ったりするほかにも、……たとえば、密輸などをしている可能性は?」
「今のところ報告はありませんが、正確なところは判明しておりません」
「そう。……では、なんとか平和に済ませられればいいと思うのだけれど……難しいかしらね」
「その必要はありません」
 割り込んだ声に、全員が声の主を見る。
「わが帝国の力で叩き潰してしまえばよいのです。そうすれば後顧の憂いもないでしょう」
「確かにそれもひとつの方法ではあるわ。……でも、私はなるべく武力による鎮圧はしたくないの」
 取りようによっては弱音ともとれるアメジストの考えを、彼……ルイはせせら笑った。
「なにを甘っちょろいことを。よろしいですか、皇帝陛下。海賊どもは敵なのですよ。他人の財産を掠め取る、人間のクズだ。われら帝国が正義の鉄槌を下すのになんのためらいが?」
「北ロンギッドは帝国領ではないのよ。こちらも被害を受けているのだから調査することは必要だけれど、軍を率いる理由としてはまだ弱い。……私が、出るわ」
 彼は『あなたが?』と言いたげだったが、口には出さなかった。どう収集をつけるかお手並み拝見、といったところなのだろう。
「みんな、それでいいかしら?」
 アメジストが視線をめぐらせるが、誰も反対するものはいなかった。……腹の中でどう思っているかは知らないが。
「では、これで終わります。私は準備が終わりしだい出発しますから、用があるならそれまでに」
 その一言で、長い会議は終了した。
 アメジストは廊下を歩きながら、ため息をついた。
「内政の方は、なんとか形になってはきたけれど……」
 かるく頭を振って、ともすれば弱気になりそうな気持ちを振り払う。
「陛下。会議はいかがでしたか?」
 かけられた声に振り向けば、そこにはサジタリウスが穏やかな笑みを浮かべていた。
「サジ様……」
 ちなみに彼が会議に出なかったのは、その身分にないからである。
「あまり、芳しくはなかったようですね。いったいどんな無理難題をふっかけられたんです?」
 アメジストは、それには答えなかった。
「……サジ様、申し訳ないのですが出立の準備をしてもらえますか? できるだけ急ぎで」
「かしこまりました。……行き先はどちらです?」
「モーベルムへ。……武装商船団と交渉することになりました」
「武装商船団」
 その固有名詞を繰り返し、サジタリウスは顔つきを引き締めた。
「なるほど、気を抜けない相手ですね。……最終的な目的は海路の開放、ですか」
「ええ……それもあるのですけれど」
 言葉を濁し、アメジストは言いにくそうに、あることを告げる。
 目を丸くしたサジタリウスを、おそるおそる上目遣いで見あげ、アメジストはぽつりとつぶやく。
「……やっぱり……甘いっておっしゃいます?」
「そうですね。私の立場から見れば、限りなく甘いです。……ですが」
 きっぱり言い切ったサジタリウス。彼は結構シビアだ。
「外つ国のことを学んでいたあなたならば、その道が拓けるかもしれませんね」
 彼はにっこりと笑って見せた。
「私の役目は、陛下の願いを叶えることです。たとえ、それがどんな無茶な願いだったとしてもね。……さあ、早く準備をしてしまいましょう。今回は人間相手なのですから、前のようには行かないかもしれませんよ?」
 笑みだけは崩さずに、サジタリウスはアメジストの背を押す。
「わ、わ、サジ様……ちょっと待っ」
 突然押されたアメジストは足をもつれさせ、それは見事なまでにすっころんだ。
 そしてちょうどその現場を目撃したルイに鼻で笑われ、ひどく悔しい思いをしたのだった。
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