帝国年代記〜催涙雨〜

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  閑話休題  

「まったく、余計なことをしてくれるね」
 明るいはしばみの髪に緑の目を持つ「娘」はつまらなそうに唇を尖らせた。
「完全に予想外だったなー、まさかあんなまねするなんて。あのリチャードとかいう男が剣を手にかけたときはしめた、と思ったのにさ。……ま、いいや。種は撒けたし。いずれ勝手に芽吹くでしょ」
 その時、王たる彼女はどうするのだろうか。
「ん、まあそんなのはどうでもいっか。どうせその時になってみないと分からないし。……さて、そろそろ帰って今日の仕上げをしなきゃね」
『娘』はきびすを返し、宴の間から姿を消した。


 ジェイスンの機転のおかげで、ぎこちないながらも宴の間にざわめきが戻ってきた。
 頃合を見計らって、アメジストは夜風に当たりにテラスへと出た。
 どうせ誰も見ていまい、と行儀悪く手すりで頬杖をつき、冷たい夜風にぼーっとしていると、かすかに人の声がした。
 ぎょっとしてきょろきょろ辺りをうかがうと、「こっちこっち」と下の方から確かに声がする。
 どこかで聞いたような声だ、と思いつつ下を覗き込むと、夜陰に紛れて白いものが浮かび上がって見えた。
「――!」
 思わず悲鳴をあげそうになる。
「姫さーん、そっち上りたいからさ、少し下がってほしーなあ」
 あっけらかんと言うその人は、シーシアスだった。ちゃっかりエンリケまでいる。
 先ほどの白いものは、シーシアスの金の髪が反射して見えたものだったようだ。
 アメジストは素直に少し下がると、二人はよっこいしょ、とテラスへ上がってきた。
「おおおー、姫さん、すげーキレイ。いつもよりおひめさまっぽいー」
「……それはどうもありがとう。それよりも、いったいどうしたの?」
「だって、みんなうまいもん食ってんだろ? 俺なんか、姫さんの……なんだ、皇帝お披露目パーティー? だって出れなかったんだぜ。たまにはうまいもん食いたいよ」
「だからって、エンリケ貴方まで……貴方は出席していたじゃない?」
「んなこた言ったって、あんな嫌味大王と一緒で食った気なんかするかい」
「嫌味大王って……」
 誰のことかは言うまでもないだろうが、言うに事欠いて嫌味大王とは。
「それにな、よくわかんねぇけどなーんかきなくさかったしな。面倒なことになるまえにトンズラさしてもらったわ。……てなわけで、俺もいい酒呑んでねえの。やさしー嬢ちゃんなら、哀れな欠食ヤローどもにうまい料理と酒くらい、融通してくれると思ってさ」
 へらへらと笑う男二人を前に、アメジストはため息をついた。
「仕方ないわね。少しだけよ?」
「やったー! 姫さんダイスキー!」
「はいはい、どうもありがとう」



「ちぇ、ホントのことなのにー」
 料理と酒を調達するため、自分たちに背を向けたアメジストに、ぶーたれるシーシアス。
 幸か不幸か、その一言は聞こえていないようだ。
「やめとけやめとけ。おめぇ、あの歌聴いてんだろ」
「……うぇえ、あれ? やっぱりそうなんかな」
「だろうよ。気づいてねえのがテメエたちだけって、どんな三文小説だよ……」
 遠い目をして嘆息するエンリケを尻目に、シーシアスはあわあわしている。
「言っとくが、おめぇ本人たちに言うなよ」
「わ、わかってるよう……」
「おまたせ。……どうしたの? なにか内緒話?」
 そこに料理を運んできたアメジストが、二人にいぶかしげな視線を向ける。
「な、なんでもないよ。なあ?」
「おうよ。……おおーうまそうだなあ。ここにドレス姿のねーちゃんがいれば最高なのになー」
 二人は慌ててごまかし、目の前の料理に手を付けた。

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