帝国年代記〜催涙雨〜

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  閑話休題  

 きらびやかな宴の間に進み出た瞬間、周りの人間たちが口にする歯の浮くような世辞やらおべっかやらが、さざなみのように耳に入ってくる。
 それらに適当に相槌を打ちながら周りを見渡せば、音楽を奏でる男と、それに合わせてくるくると踊り、歌う娘たち。
 そしてその先には、ある意味壁の花となっているリチャードとジェシカが言葉を交わしている。内容はここまで聞こえてくることはないが、二人とも笑っているので、きっと楽しい話をしているのだろう。
 アメジストが舞う娘たちに視線を向けると、きらびやかな部屋の中でもいっそう目を引く髪と、普段の服装とは全く違う衣装を纏ったジェイスンがグラスを手に娘たちを眺めていた。
 瞬間、ちくっと何かが胸に刺さる。けれどそれがなんなのか、アメジストには分からなかった。
「陛下」
 短い呼びかけに振り向くと、儀礼用のローブに身を包んだサジタリウスが立っていた。
「サジ様。奥様のお加減は大丈夫ですの?」
「ええ、動き回ろうとしては、家人に止められてぶーたれていますよ。今宵の宴は、妻もご挨拶に伺いたいとは申していたのですが、さすがにいつ産まれてもおかしくない状態ですから。諦めてもらいました」
「お大事にしてください、とお伝えください」
「ありがとうございます。妻も喜びましょう」
 にこりと笑ったサジタリウスは、ちょうど給仕が持ってきたグラスを取ると、おや、とつぶやいた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……ここでははじめてみる顔だ、と思いましてね。……どうやら大公殿下は有能な配下を手中に収めておられるようだ」
 サジタリウスの視線を追って見やると、そこには正装を身にまとい堂々としたたたずまいのルイと、華やかなドレスを身にまとった美貌の娘がこちらを見ていた。
 ルイの正妻はもともと病弱で、こういった席に出てくることは殆どないし、アメジストが記憶している彼女の顔とも違う。

――おかしいわね、あの子どこかで見たような――

 と考えるのもつかの間。ルイがこちらにつかつかと歩み寄ってきた。
 アメジストのすぐ目の前まで歩を進めると、恭しく跪く。
「皇帝陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「どうもありがとう。貴方も息災のようね、大公」
 ありふれたやり取りの間にも、その娘はじっ、とこちらを見つめている。
……なんだか、頭痛がぶり返してきたような気がする。
「――――く、存じます」
 ルイの言葉に、はっと我を取り戻す。
「ごめんなさい、聞き取れなかったわ。なんていったのかしら?」
「陛下と踊らせていただく名誉を賜りたく、と、申し上げました」
「そ、そう……」
 あまりな褒め言葉にうわべだけだと理解しつつ、面映さを覚えてしまう。そのまま照れ隠しのように、アメジストはルイの手のひらに自分の手を預けた。
 ここで断っては、角が立つ。
 待ちかねたように、音楽がゆったりとしたワルツを奏で始める。
 踊りながら、アメジストの方が口火を切った。
「随分ときれいな子ね? 奥様が泣いてしまうわよ」
「あれはただの行儀見習いに雇ったものです。あなたこそ、どこの馬の骨とも知れない少年をお側に置いておられるようですが」
 ルイの切り返しにアメジストはぐっと詰まった。今この場にいないはずのクロウのことを言っているのだ。やはりこういう事ではルイの方が上手であることを認めざるを得ない。
「いくら懇意であるとはいえ、あまり素性の知れぬものをお側に置くのは、控えたほうがよろしいかと。口さがないものも宮廷には多々おりますゆえ」
「彼とはあなたが心配するような関係ではないわ」
「さて。火のないところに煙は立たぬと申します」
「そうね。火のないところに無理やり火種を放り込むような輩もいるようだしね。心に留めておくわ」
「それは私の知り及ぶことではございません」
「……貴方のそういう意地の悪いところ、嫌いだわ」
「褒め言葉と取っておきましょう」
 不敵に笑うルイのその言葉を合図にしたかのように、ワルツが終わる。
「お相手いただき、この上なき幸せでございました」
「私も、楽しかったわ。ありがとう」
 お互いうわべだけの賞賛を交わし、ルイは娘のもとへ、アメジストは給仕が持ってきたグラスを手に取った。
 美貌の娘は、まだじっとこちらを見つめていた。
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