帝国年代記〜催涙雨〜
閑話休題
ここのところ、アメジストは大変頭が痛かった。
武装商船団を帝国軍としたまでは良かったが、やはりそこからもめにもめたのだ。
帝国軍を預かる立場であるルイは、たかが海賊と彼らを見下していたし、武装商船団の長であるエンリケは、ルイの尊大な態度が癇に障るのか、彼を怒らせるようなことばかり。
結局のところ、どちらの苦情もアメジストのところに届くのだ。武装商船団を帝国に引き入れたのは自分であるからして、アメジストはどちらの苦情にも対応し、やっていかなければならない。
そのうえ今日は――
「ちょ、ちょっと……、もう少しゆるめて、くれないかしら……」
「なにをおっしゃいます。皇帝陛下ともあろうお方が。さ、もうすこし我慢してくださいまし」
女官たちがぎゅうぎゅうとコルセットを締め上げる。苦しい。
年越しの宴の支度をしているのだが、髪をこれでもかと豪奢に結い上げた上、思い切り胴を締め上げた状態で、これまた胴を細くしたドレスを身に着けるのだ。一応王族の血を引くとはいえ、普段は髪なんぞそのまま流しているかゆるく編んだだけ、服もゆったりしたローブに細身のパンツを身に着けるだけのアメジストには、少々どころか、かなり苦しい。
この状態で、会談やらダンスやらをこなさねばならないのである。
こんなのが美しいなんて決めつけたのはどこの誰よ。などと毒づきたくもなる。
だが、アメジストの「皇帝」という立場は、それを崩すことは出来ない。国の王が宴に普段着で現れたなんてことになれば、まず国のメンツが立たない。
人間は心だ、なんていっても、まず姿かたちで人を判断する。
だからこそ、普段より身分にふさわしい身なりをしなければならない。
……それは、分かっているのだが。
「ジェシカはいいわねえ……それが正装だものね」
「私は、軍人ですからね」
ジェシカとて正装でいるのだが、彼女は軍人だ。身に着ける剣や鎧が実践用ではなく、儀礼用の装飾過多なものになるくらいのものだ。
ぎゅうぎゅうに締められたコルセットの上から、肩と胸元が大きく開いた紅いドレスを身に着ける。
このドレスは、母のものを城のお針子たちがアメジストのサイズに合わせたものだ。
結い上げられた髪には、ちいさな白い花をあしらったティアラ。この花は、この国でアメジストだけが身に着けられる、アメジストを示す花だ。
「それでは、私は先に参ります。御前失礼いたします」
「ええ。あなたも忙しかったでしょうに、手伝ってくれてありがとう」
顔は結い上げられた髪に引っ張られて突っ張るし、あちこち苦しいが、なんとか準備は整った。
ここからは戦場だ。普段とは違う意味で。
アメジストは大きく息を吸い込んで――締め付けたコルセットに少しむせながら、宴の間へと歩を進めた。
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