帝国年代記〜催涙雨〜

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  それぞれの、役割  

「……どうしてあんたがここにいるんだ……」
 眉をひそめて、ジェイスンは深く息をついた。
「ずいぶん遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」
 ジェイスンにあてがわれた部屋のベッドに堂々と腰掛けている人物。
 それはクロウだった。
「一体どうやって入ってきたんだ」
「そんなもの、窓からに決まっているだろう」
 無駄だと思いつつ一応確認するが、こともなげに言われてしまった。
「……鍵がかかっていたと思ったが」
「こういうところの窓の鍵なんてチャチなものさ。目を閉じていたって簡単に開けられる……そんなことよりも」
 クロウはその赤茶色の瞳でじっとジェイスンを見据えた。
「お前はどうするつもりなんだ?」
 何気なく言われた一言に、ジェイスンはぎくりとした。
「……どうって、なにを?」
「しらばっくれるなよ」
 なんでもない風を装って出した声に、あっという間にクロウの視線がきつくなる。
「言いたくなくても言ってもらう。……あいつが即位してから二年、お前に反皇帝派が接触した形跡がある。しかも一回じゃなく、複数回」
「…………」
「お前が金で動くたぐいの人間ではないことは見ていれば分かる。だが、必ずしもあいつの味方であるとは言い切れないからな。……やつらと、何を話した?」
「…………」
「言っただろう、言いたくなくても言ってもらう、と。……言わないならしかるべき手段を取るが?」
 具体的な手段を言わないあたり、逆に怖い。もちろん、わざとなのだろうが。
「……依頼を持ちかけられた。……彼女を殺せ、と」
 言いにくかったが、正直に答えることにする。下手に嘘をついてもこの少年はきっと、簡単に見破ってしまうだろう。第一、自分も嘘は得意なほうではない。
 無言で先を促されて、ジェイスンは言葉を続けた。
「その場で断って別の人間に話を持っていかれても厄介だと思ったんで、あいまいな答えを返した。秘密を知った、とか言ってこっちが対象になっちまっても面倒だし。依頼を受ける気はない……そもそも、あの小さいお姫様を手にかけるなんざ、後味が悪すぎる」
「本当に? 誰に言われたとしてもそれを貫けるのか」
「ああ。……陛下からいただいた、この証にかけても」
 その答えを聞いて、しばらく鋭い視線を向けていたクロウだったが……ふいにその光が和らいだ。
「……嘘では、ないようだな」
 そして、またアメジストそっくりの笑みを見せる。
「分かった。今回はお前を信用しよう」
「そいつぁ、よかった。……ところで、聞きたいことがあるんだが」
 ジェイスンの言葉に、クロウはなんとも言えない表情をした。
「……どうぞ。答えられることと、答えられないことがあるが」
「どうやって目の色を変えた?……前に会ったときは、陛下と同じ紫だったはずだ。どっちが本当の色なんだ」
 髪の毛なら簡単に変えられる。染めるなり、かつらをかぶるなりすればそれでいい。
 だが目の色だけは無理だ。裏の世界では目の色を変える薬もあるらしいが、十中八九、失明すると聞いた。
 それに対するクロウの答えは、至極あっさりとしたものだった。
「答えられない」
「黙秘、ってことか」
「ああ。……それだけか?」
 なら俺は帰るが、と立ち上がった彼を慌てて引き止める。
「待て、もう一つだけ……お前は、陛下のなんだ?」
 その問いに、ふ、とクロウは表情を消した。
「……俺はあいつの影だ。そして、手足でもある……主の危険を察知したなら、それを払うのが手足の役目」
「陛下のためなら滅私奉公も厭わない、てか?」
「そう取ってもらって構わない。どちらにせよ、あいつに仇なす輩がいれば、消去するだけだ」
「……あんたは、それでいいのか」
「ああ。……これは俺が望んだことだからな。誰にもジャマはさせない……例え、皇帝本人であろうとも」
 きっぱりと言い切った彼の目を見て、本心から言っているのだと分かった。
 歳こそアメジストとほとんど変わらないと言うのに(ひょっとしたら彼女よりも下かもしれない)なにが彼をそこまで思わせるのか。
「質問には答えた。もういいか?」
「……ああ。引き止めてすまなかったな」
……愛情、なのかもしれない。彼女に対する。
 考え込むジェイスンを尻目に彼はくるりときびすを返し、窓に向かっていった。
「表から帰ればいいじゃないか……誰も怪しむ人間なんかいないと思うが」
「……万が一にでも、他のやつらと顔を合わせることは避けたいからな」
「じゃあ、なんでオレの前には姿を見せるんだ」
 クロウは目線だけこちらに向ける。
「あいつにとっての危険分子だからだよ。……あとは、個人的な興味だな。ああ、念のため言っておくが……間違ってもあいつに手を出すなよ」
「……誰がだよ……」
 げんなりした声でジェイスンがうめくと、クロウはちょっと驚いたような顔をして振り向いた。
「……気づいてないのか?」
「だから、なにを」
「……お前、他人のことだと鋭いくせに自分のことには鈍感なんだな。面白い」
 にやりと笑い、窓を開け放つ。びゅう、と夜風が入り込んできた。
「どういう意味だ」
「それは言えないな。……というより、自分で気づくべきことだと思うが?」
 そういい残して窓をくぐり、彼は夜の闇へと消える。
「……っち……相変わらず思わせぶりなヤツだ」
 訳の分からないことを言われたいらつきもあって、多少乱暴に窓を閉める。
 夜も遅い。今日はもう、寝てしまおう。
 明日も早くから鉱山にもぐらねばならないのだから。

 一晩眠れば、きっと、この訳の分からない焦燥感も消えるだろう。
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