帝国年代記〜催涙雨〜
それぞれの、役割
クロウが立ち去った後。あたりも暗くなってきたためとにかく宿へ戻ろう、と二人は連れ立って歩き出す。
「ごめんなさいね、ジェイスン。クロウに悪気はないのよ」
アメジストがすまなそうに声をかける。
「いえ……まあ、もういいですよ。過ぎたことです」
「彼にはいろいろ、情報を探ってもらっているの。今回も、調べてもらったことの報告を受けていただけよ」
それだけで『抱き合う』という行動に出るのか、と口にしそうになったが、慌てて呑み込む。
「……そうですか」
「まあ……でも、見られたのがあなたでまだよかったわ」
「なぜです?」
「だって、もしリチャードとかに見られたりしたら……」
アメジストはいったん、言葉を切った。
「あの性格だし……問答無用で切りかかっていきそうなんだもの……」
「……………………確かに……」
彼の怒り狂う様が目に見えるようだ。
……なんとなく、そこで会話が途切れた。
「……聞かないの?」
沈黙に耐えられなくなったのか、アメジストから先に口火を切った。
「なにをです?」
「……クロウのこと」
「……別に……あなたの恋愛事情なんて、オレには関係ないですからねえ」
「れ……って、ち、違うわよ」
みるみるうちに彼女の顔が朱に染まる。慌ててひらひらと両手を振り、否定の意をあらわす。
「違うの。ほんと、そんなんじゃないのよ……第一、クロウに失礼だわ」
「はぁ。……まあ、そういうことにしておきましょうか」
「だから違うと言っているじゃない……意外と意地悪よね、あなたって」
むう、とふくれる。
「そりゃあ、あなたよりは年食ってますからね。……それよりも、怒ってないんですか」
「……なんのこと?」
「昼間のことです。曲がりなりにも皇帝陛下にいちゃもんつけたわけですからね」
「……怒っていないわ。だって、あなたは一度だって『私のためを思って』なんて言わなかったもの」
真顔で彼女は言った。
「あなたが私のためを思って言ってくれているのは分かっていたの。でも、あの場面で『私のために』なんて言われていたら、余計に反発するだけで素直に受け止められなかったわ。……これを言われたら、黙るしかないもの」
アメジストは少し自嘲気味に笑う。……ひょっとしたら、散々言われてきたことだったのかもしれない。
「その言葉を口にした時点で、もうそのひとのためじゃない。ただの自己正当化に成り下がってしまうと思うのよね」
「……確かに、一理ありますね。一見、人を思いやっているように見えるから余計にたちが悪いとも言える」
「だからね、全然怒ってなんていないのよ。確かに、あの時は反発したけれど……ただ単に言い当てられて悔しかっただけなの」
今度はばつが悪そうに舌を出す。くるくると、よく表情が変わる。
見ているだけで飽きない。
「みてらっしゃい。修行して、いつか絶対、あなたから一本とってみせるわ」
「はは、一体あと何年後になるんでしょうかねえ」
「うっ……な、なんか悔しいわ……」
はたから見ると不毛な争いでしかないのだが。
「陛下ー!」
聞こえてきた呼び声の方に目をやれば、ジェシカがぶんぶんと手を振っていた。
「ジェシカ! どうしたの?」
笑顔でジェシカの側に駆け寄るアメジスト。
「そろそろご飯だそうです。もう少し遅いようなら探しに行こうかと思ってたんですよ」
「あら、もうそんな時間だったの? ごめんなさい、町の雰囲気を見てるうちに時間忘れちゃって」
女性二人の会話は弾む。
「ジェイスンも早く! 先食べちゃうわよ」
ジェイスンは、それにちょっとだけ手を上げて応えた。
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