帝国年代記〜催涙雨〜

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  それぞれの、役割  

宝石の町ティファール。



 かつては鉱山から産出される宝石が流通し、裕福がゆえに国ではなくひとつの都市でありながら自治権を持たされていた町である。

 ティファールは先帝がバレンヌ領とした領地であったが、鉱山にモンスターが入り込んでからは宝石を採りに行くこと自体が困難になってしまい、次第に寂れていってしまった。
 事前の調査では、鉱脈はまだまだ続いているようだった。鉱山に棲みついているモンスターさえ退治できればまた昔の活気が戻ってくるのではないか、とアメジストは判断した。
 むろん、そうなれば国庫に納められる税金も増える、という理由もあるわけではあるが。
「陛下、鉱山の中全部見て回るんですよね?」
 鉱山の入口を前にして、ジェシカが問う。
「そうね。少しの危険も残しておくわけにはいかないもの」
「……何日がかりになるかな」
 当たり前のように言い放ったアメジストの言葉に、ジェイスンはため息をついた。
 リチャードはジェイスンの肩を軽く叩く。
「仕方ないだろう。何日かかろうが、国民を守るのは国の義務だ」
「……そりゃ、ご立派なことで」
 ジェイスンの言葉は、少しだけ苦い。



 しかめっ面で腕を組むジェイスン。その隣でサジタリウスに治療を受けるリチャード。
 そして、くちびるを真一文字に結んだまま無言のアメジストと、ジェイスンを睨みつけるジェシカ。
「……いくら睨まれても、こればっかりは譲れん。こっちの命にかかってくる」
 そう言って、ジェイスンは目を閉じる。
「だからってその言い方はないでしょ! 陛下は戦闘が初めてなのよ!」
 ジェシカの非難の声に、彼は目を開いて彼女を見据えた。
「だったらなおさらだな。いくら歴代皇帝の記憶と技を引き継いでると言ったって、特に剣の訓練を受けたわけでもない人間が満足に戦えるはずがないのはわかるだろう」
「それは……っ」
 反論しようとして、けれど上手く言葉にならずに口ごもる。
「つまり、役に立たない、と言いたいわけね?」
 それまでずっと黙りこくっていたアメジストの乾いた言葉に、ジェイスンはくちびるに親指の腹をあてる。
「……そうじゃありませんよ。あなたが戦闘に不慣れなことはこっちだって十分承知です」
「じゃあどういうことよ!」
「全体を見ろと言ってるんです。あなたが真っ先に斬り込んで行ったからリチャードが怪我をした。違いますか?」
「……………………」
 そのとおりだ。脇目もふらずに突っ込んでいったアメジストを守ろうとして、リチャードが文字通りそのまま盾になったのだ。
「あなたの役目は真っ先に斬り込んでいくことじゃない。それはオレたちの役目です。あなたの役目は、状況を見て的確な判断を下すことでしょう?」
 まったくもってそのとおり。……正論だ。ぐうの音もでない。
「う、……うるさいわね、言われなくても分かっているわよ!」
「それならいいんですがね。だとしたら行動で示していただきたいものですが」
「いい加減にしろジェイスン! 陛下に無礼だぞ」
 売り言葉に買い言葉、になりかけた二人をリチャードが制する。
 二人は互いに吐き出そうとした言葉をぐっと呑み込む。
「おやおや、これではどちらが年上だかわかりませんね」
 毒気の無いサジタリウスの一言で、とげとげしい雰囲気は一気に軟化した。
「……大丈夫? リチャード」
「ええ、ご心配お掛けいたしました」
 リチャードはもう大丈夫、とばかりに怪我を負った方の腕を動かしてみせた。
「あんまり調子に乗るんじゃないわよ。また怪我したらどうするの」
 呆れ顔でジェシカが言えば、リチャードはムッとした顔をして黙り込んだ。
「……ジェシカ、あまり子ども扱いするものではありませんよ。リチャードももう十九なんですから」
 サジタリウスが軽くいさめたが、しばらくリチャードの機嫌は直らなかった。

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