帝国年代記〜催涙雨〜

モドル | ススム | モクジ

  それぞれの、役割  

 その日、傭兵たちの控え室ではあまり見られない光景が広がっていた。
「えっと……そのきれいないずみの……、……」
 本を片手にしかめっ面をしていた彼を見て、思わずここはどこだろう、などととんちんかんなことを考えるアメジスト。
 もちろん、ここは傭兵たちの控え室であり、交代で休憩を取っている傭兵がいる場所である。なんのために来たかといえば、ジェイスンを迎えに来たのである。
「……っくあーだめだわかんねー!……って、あれ? 姫さんたち来てたの? ジェイスンなら今出てるぜ。もう少しで戻ってくると思うけど」
 入口で呆然と立ち尽くしているのに気づいたらしく、彼はこちらへ歩いてきた。本を片手に。
 なれなれしい、と眉をつりあげかけたリチャードの腕をジェシカが思い切りたたく。
「あら、じゃあここに来るのちょっと早かったわね。……ところでシーシアス、ひとつ聞いてもいいかしら?」
 なにをする、いいからあんたは黙ってなさい、と後ろで騒ぐ二人を放ってアメジストは話を続ける。
「うん? 別にかまわねえよ」
「……どうしてあなたは童話を読んでいるの?」
 そう。彼……シーシアスが手に持っているのは、ちいさな子供向けの童話だった。それこそ文字を覚えたての子供が読むような。
「え、だってジェイスンに読めるようにしとけって言われたから……あ、姫さんついでにこれなんて読むのか教えて」
 シーシアスが指し示す文字を覗き込む。
「『ほとり』って書いてあるのよ」
「おお、そっか! ありがと姫さん」
「どういたしまして。じゃなくて……あなた本を読んだことがないの?」
「うん。だってオレ学校行ってねーし」
「どうせさぼっていたのだろう?」
「あーっ、バカにしたな! ちげーよ親が死んで学校行く金が無かったの!」
 リチャードの一言にムッとしたシーシアスはくちびるを尖らせた。
「オレだって行けるもんなら行ってみたかったよ。でも学校どころかチビの妹たち抱えて、オレが働かなかったら生きてくことだってできなかったんだっつの」
「…………」
「そりゃ、姫さんたちは勉強することが当たり前なのかもしれないけどさ。一般人は金がなくちゃなかなかできないんだぜ?」
「そ、そうか……すまなかった」
「いいよ、もう。……こういう言い方、あんま好きじゃねーけど。姫さんたちとオレたちじゃ、『住む世界が違う』んだよなー」
 何かがおかしい、とアメジストは思った。
 生まれや金のあるなしで世界が決まるなんて、絶対におかしい。
 そのとき、後ろから肩に手を置かれた。振り向けば、サジタリウスがどこか困ったような笑みを浮かべていた。
「思いつめてはいけません。……あなたのせいではないのですから」
「サジ様……ですが」
「これは、長い間当然のように続いてきたものです。あなただけでなんとかできる問題ではありませんよ」
 アメジストは言葉無く視線をおとした。
「あ、ジェイスン」
 シーシアスの声に顔をあげると、遠目でもわかる派手な頭が目に入った。
 むこうもすぐに気づいたらしく、足早にこちらに向かってきた。
「こんな出入り口で、一体何の騒ぎです?」
「あー、わかんないとこあったんだけど、ちょーど姫さんたち来たから教えてもらってた」
「そうか、よかったな」
 ジェイスンは軽く息を吐いた。
「……ジェイスン、今すぐ出られるかしら?」
「ええ、大丈夫です。……シーシアス、悪いが後頼む」
「はいよ。行ってらっしゃい」
 シーシアスがぶんぶんと手を振る。
「それで、どこに行くんですか?」
 廊下を歩きながら尋ねるジェイスンに、アメジストは一言で答えた。

「宝石鉱山、よ」

モドル | ススム | モクジ

-Powered by 小説HTMLの小人さん-