帝国年代記〜催涙雨〜

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  砂漠の国の占い姫  

 結局アメジストたちがテレルテバへ旅立てたのは、最初に手紙が届いてからゆうに半月ほど後の話だった。ルイは準備にかなり手間取ったらしく、テレルテバの領主代理からは『お待ちしています』という返事までもらえたほどに待たされたのだ。その間アメジストは実にこまごまと働き、以前オニキスと話していた『託児所』の件を最終段階まで詰めていた。実際に議会を召集するのはテレルテバから帰った後になるだろうが、こういうものは早めにやっておいて損はないのだ。
 なお、装備は普段とほとんど変わりないが、いつもと違うのはルイから渡されたフードつきの白い外套と、手のひらに乗るほどの大きさの塩の塊だ。外套はともかく、塩はかなり純度が高いもので、しかもこの大きさを人数分だ。彼はおそらくこれを手配するのにここまで時間がかかったのだろう。
 出立前、ルイからさんざん口をすっぱくして言われたことは、やれ砂漠では暑くとも外套を脱ぐなだの、水分はこまめに取って塩も一緒に舐めろだの。少しでもアメジストが気のない返事をすると小言が数十倍になって返ってくるので、表面上はおとなしくルイの言葉を聞き、ようやくの解放にほっとしたほどだ。
 旅路はまずソーモンから船でマイルズに渡り(カンバーランドから南下する手もあったが、長城が南との行き来を遮断しているので断念せざるを得なかった)、そこからステップと呼ばれる大草原をやや南東に進み、サバンナを通り越すという長旅だ。
 今回はエンリケの船は諸事情にて出せず、普通に定期便に乗って海を渡る。
 そして海旅をはじめてから約一日。嵐などの厄災に遭うこともなく一行は無事、マイルズの地を踏むことができた。
 領主代理から受け取った返事には、マイルズに案内人を手配してあると書いてあったが、さて。
「これからどうするんですか」
 船を乗り降りする人々の邪魔にならないよう脇により、そして小柄なアメジストが人の流れに負けて流されていかないように、ごく自然にジェイスンがアメジストと人々の間に立ち、たずねる。
「ええ、お返事にはマイルズに案内人を手配しておきますって書いてあったのだけれど」
 人の波に視線をやりながらアメジストが答えるが、なにぶん背が小さいのでよく分からない。
 同じようにゲオルグが人々を眺める。
「姫、どのような者と書いてありましたでしょうか」
「ええと、赤い布を頭に巻いた青年と赤い羽根飾りをつけた青年の二人連れ、とのことです。目立つから一目で分かる、とは書いてあったのです、が、……」
 ゲオルグに返事をしながら、アメジストの目がある一点を注視した。つられて全員の目がそちらに向く。
 苦虫を噛み潰したような表情をした、涼しげな容貌の切れ長な目をした背の高い青年と、その青年に笑いながらじゃれついている茶髪の青年がこちらに歩いてくるところだった。二人とも頭に赤い布もしくは羽根飾りをつけている。
 ――確かに、一目で分かるわね。アメジストは一つうなずいた。
 間違いなく、彼らが案内人だろう。
 赤い布を巻いた切れ長な目の青年が目の前で立ち止まった。
「あなたがたが遠きバレンヌの人々だろうか」
「はい。私がバレンヌ皇帝、アメジストです」
 アメジストがぺこりと頭を下げると、青年は驚いたように目を見張った。
「……私たち草原の民に『皇帝』や『王』という言葉はないが、上のものは下々のものに、そうたやすく頭を下げるものではないと聞いていたが」
「草原の民! 蛮族どもめ。姫に対してなんと言う物言いを!」
 渋面を作って吐き捨てるゲオルグに、赤い羽根飾りの茶髪の青年の方が噛み付いた。
「いきなり言ってくれるね。そのかっこ見るにお兄さん、カンバーランドの人間か。帝国にすがらなきゃ自国の内乱も収められなかったくせして何言ってんだか」
「なんだと……!?」
「ゲオルグ王子! その言いようはあまりに失礼ですわ。私たちは彼らに案内してもらう立場なのですよ?」
 さすがにアメジストが口を挟むと、「しかし姫」とゲオルグが言い募る。だがアメジストは容赦しなかった。
「しかしもかかしもありません。バレンヌの評判にもかかわりますので、そういった言動は慎んでください」
「……はい。姫のおっしゃることならば……」
 しぶしぶとゲオルグが下がると、茶髪の青年は馬鹿にしたように笑った。
「カンバーランドの聖騎士も形無しだな! 女の子に言いくるめられるなんてさ!」
「ハムバ! お前も慎め!」
 切れ長な目の青年が叱ると、茶髪の青年ハムバは「へーい」と渋面を作りながらではあったが、引き下がった。
「でも、我々が今日この時間に到着すると、よく分かりましたね? こちらとしては、助かりましたが」
 さらりとサジタリウスが話を変える。アメジストはほっとして彼に感謝した。これ以上喧嘩が続いてアメジストに負担がかからないようにしてくれたのだ。
 切れ長の目の青年は一つ、うなずいてみせた。
「ああ、準備にかかるだろう時間と定期便の便数を確認・逆算して、あとは叔母上の占いでな。叔母上の占いは外れることはめったにないから」
「叔母上?」
 いきなり話に出てきた謎の女性にアメジストが首を傾げると、切れ長の目の青年は目をしばたたいた。
「……聞いていなかったのか? 私の叔母上の名はファティマ、テレルテバの領主代理だ」
 そういえば、署名には『ファティマ』とあったような気がする。だがこの青年ほどの大きい甥がいる歳なのか。手紙の書き方は丁寧ではあったがいかにも若い女性という感じだったのだが。この青年はどう見積もってもアメジストとあまり歳が変わらないだろう。単にものすごく老け顔なだけである可能性もあるが。
 しかし自身の甥を案内人に派遣するということは、こちらを最大限に尊重している、もしくはするつもりがあるということだ。
「ああ、まだ名乗っていなかったな、失礼した。私は草原の民が一人、アルタン。テレルテバ領主代理ファティマは、私の父の一番下の妹にあたる。こちらはサバンナの戦士、ハムバ。他に森の都の戦士もいるが、そちらは叔母上の警護に当たっているのでここにはこられなかった」
「俺たちは、各都市に一隊ずつ戦士を派遣してお互いに守りあっているんだ」
 ――なるほど、そうやって同盟を保っているのね。アメジストは素直に感心した。自分にはまずなかった視点だ。
「では早速出発したいのだが、よろしいだろうか。できるだけ早く進むため、今日は我ら草原の民の住まう場所で宿を取りたい。テレルテバの現状は、道中話していこう」
 互いに自己紹介を終え、一行は早々にマイルズの地を離れた。
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