帝国年代記〜催涙雨〜

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  color me blood red.  

 翌日、使用人に呼ばれてアメジストたちは謁見の間へ向かった。
 使用人が扉を開けると、やはり三人のきょうだいたちがアメジストたちを待っていた。
「……あの少女たちは……」
「はい。故郷に帰れる者は故郷に帰し、帰るべき場所のない子は……とりあえず孤児院預かりとしようと考えております」
 不安げなアメジストにソフィア王女が答えた。
「孤児院で働いてもらって、学校に行かせようかと思っております。少なくとも文字が読めれば仕事の選択の幅が増えますからね。無論、彼女たちがそれを望めば、ですが……」
 その答えにアメジストはほっとした。孤児院とはいえ、神の教えを敬虔に守るカンバーランドの孤児院は、他国と比べいろいろと「きちんと」している。
「陛下、本当に、ありがとうございました」
 昨日と同じように、頭を下げる。
 そしてトーマ王子はゲオルグ王子に向き直った。
「兄上。あの玉座には、やっぱり兄上が座るべきです」
「……トーマ」
 ひとつ息をついて、ゲオルグ王子はトーマ王子を見据えた。
「成り行きはともかく、王になったからにはお前が王としての務めを果たすのだ」
「でも……」
「そんな顔をしないの」
 ソフィア王女はしょんぼりとうつむいてしまったトーマ王子、いや、トーマ王の顔をあげさせる。
「昨日話し合ったとおり、わたくしとお兄様はホーリーオーダー……つまり、聖騎士団を結成して、姫の戦いのお手伝いをしようと思うの」
「そして私は、姫の直属近衛のひとりとしてアバロンへ行こうと思う。……姫、お許し願えますか」
「そ、そんな!」
 アメジストは思わず叫んだ。
「トーマ王子……トーマ王はまだ未成年でしょう、私はてっきりゲオルグ王子とソフィア王女が後見につくのだとばかり……」
「後見ならばソフィアだけで十分です。妹はすでに成人していますし、フォーファーを繁栄させた動かぬ実績もありますから、誰も不満は言わぬでしょう。それにいくらトーマが正式に王となったとしても、長兄たる私がカンバーランドへ留まれば、またよからぬ考えを起こすものもいるかもしれません。……そして、次に内乱となったら……おそらくこの国は、耐えられないでしょう。そうなれば一番苦しむのは、何の罪もない民です」
「ですが……」
「それに、ぼくはこの国の支配権を、帝国に献上しようと考えています」
「なっ……!」
 トーマ王の爆弾発言に今度こそアメジストは絶句した。いくらなんでも、そんなばかな話があるものか。
「陛下。これはゲオルグ兄さんとソフィア姉さんともたくさん話し合ったことです。それが一番、この国にとっても帝国にとってもいい選択だって。ですから、我がカンバーランドは帝国に叛意がないという意思もこめて、我が兄ゲオルグを筆頭とした聖騎士団の一部を帝国に預けます。……受けて、くださいますよね?」
 トーマ王はにっこりと笑った。アメジストも引きつりつつ笑うが……
「……わ……分かりました」
 これは皇帝として、断れない。ソフィア王女の助言もあったとは思うがしかし、いきなりトーマ王の手腕を見せ付けられてアメジストは舌を巻いた。まだまだ荒削りだが――そこはアメジストも人のことは言えないのだが――亡きハロルド王の為政者としての才能を一番受け継いでいるのは彼だったようだ。
 いや、これは自分の見る目があったのだと諦め――いや、誇ろう。
「正式な宣言はいったんバレンヌに帰ってからといたしますが、バレンヌ帝国皇帝として、仮にこの場でカンバーランドをバレンヌ帝国の一公国とみなし、名代を立てましょう。……トーマよ。バレンヌ帝国皇帝の名代としてこのカンバーランド公国の王となり、平和に治めるよう、申し付けます」
「はい。……拝命、仕ります」
 トーマ王は、完璧な礼をアメジストにしてみせた。


 本来の予定では、予備も入れて一週間ほどの滞在のはずだった。内乱に巻き込まれた時点、正確にはハロルド王が崩御した時点で、アメジストはバレンヌに早馬で文を飛ばしていたのだが、返事は内乱の混乱で紛失したのか、それとも届いていないのか返ってきていなかった。
 いずれにせよ、いったんバレンヌへ帰らねばならない。まず自分が無事であるということ、それからカンバーランドの扱い、帝国が預かるホーリーオーダーの扱い、ジェシカの両親であるラズウェル伯爵夫妻への報告など、いろいろ考えなくてはならないことは山ほどあるのだ。
 問題のひとつ、ジェシカはまだ動かせる状態ではない。ジェイスンの見立てどおり、あの後彼女は熱を出した。現在は意識はしっかりしているものの、三日ほど高熱を出した彼女を心配したアメジストはジェイスンとサジタリウスをダグラスに残した。カンバーランドはまだ混乱から抜け切っていない。人手はいくらあっても足りないのだ。けが人とはいえ、ジェシカのためだけに人手を割いてもらうわけにもいかない。
 というわけで、今バレンヌにいるのはアメジストとリチャード、それからトーマ王の書状を持ったゲオルグ王子と故郷に帰る女の子たちである。シーデーをはじめ女の子たちは、ひとまず客間で待機してもらっている。
 アメジストは……特に優秀な戦士であるジェシカを退軍させなければいけないことに、ルイから相当な嫌味を言われるかと覚悟していたが、意外にも彼は眉をぴくりとあげただけだった。
「なるほど。状況は把握いたしました」
「……何も、言わないのね」
「私が何かを申し上げたとしても、いまさらどうしようもないことでしょう。私としては巻き込まれる前にお帰りいただきたかったとはいえ、聞いた限りではその後の陛下のご判断に誤りがあったとは思えません」
 ルイの言葉にアメジストはわずかに目を見開いた。……彼に褒められたのは、ひょっとして皇帝となってから初めてなのではなかろうか。
「長旅でお疲れでしょう。……誰か! ゲオルグ王子をご案内しろ」
 すかさず女官が二人現われ、ゲオルグ王子を連れて行った。それを見送ったルイは、またアメジストに視線を戻す。
「陛下。これから緊急でラズウェル伯爵と……シーシアス、でしたか、彼を呼び出します。その後、私の報告とたまった仕事を片付けていただきますよ。しばらく休みはないものと思ってください」
 分かっていたこととはいえ、アメジストは思わず天井を仰いでため息をついた。
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