帝国年代記〜催涙雨〜

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  color me blood red.  

<注意>
 今回少々直接的な表現があるバージョンがあります。
 下に書いてあるものは通常バージョンです。
 もう一つのバージョンは単にエンリケの台詞が増えるだけですが、かなり厳しい表現がありますので、見つけた場合の閲覧はご注意願います







「人身売買とは、いったいどういうことなのだ! わが国でそんな卑劣な犯罪が行われているとは!」
 歩きながらゲオルグ王子はエンリケを睨みつける。
「おいおい、にらむなよ。あんたらの神さんとやらに誓ってもいいが、オレたちゃやってねえぜ。そもそも、手間の割に危険が高すぎんだよ人身売買は」
 エンリケは顔をしかめてひらひらと両手を振った。
「確かにうまく行きゃ戻りはデカい。ちなみに警告も兼ねて言っとくが、こん中で一番危ねぇのは嬢ちゃんな。客観的に見て顔も毛艶もいいし、童顔のくせしていーいカラダしてっとか、一目でいいとこのお嬢さんだって分かるのもポイント高ぇが、それよりも目の色が珍しいんだ。一番レアなのは銀髪に赤目だが、数はぐっと減るし、そいつらは病弱が常だからな。より管理が難しい」
 ひそかに気にしていることをずばりとつかれ、アメジストは唇をへの字にした。
 歩きながら、エンリケは話し続ける。
「商品を確保できても、売り払うまでがまた面倒なんだなコレが。生きてる人間相手なんだからものだって食うし出すもんも出す。メシの準備やら逃げ出さねえための監視やらでいちいち手間がかかる。万が一傷でもつけたら買い叩かれるしな。それにお上に見つかったりなんかした日にゃ目もあてらんねぇ。証拠がいちゃ言い逃れだってできやしねえからな。……いやしかし、嬢ちゃんは運が良かったぜ」
 人身売買の説明と運が良かった、との言葉の因果関係が分からず、アメジストは首をひねった。
「どうしてそう思うの?」
「いやいや、オレからじゃとってもじゃねえが言えねえよ。どうしても知りたいんならそこのおっさんに聞くか、赤茶色の髪のナイトにでも聞くこったな」
 エンリケはちらりとサジタリウスを見て、肩をすくめてみせた。
「馬鹿なことを。……陛下、エンリケの言う事なんぞに耳を貸してはなりませんよ」
「え、え? どういうことですかサジ様?」
 目を白黒させるアメジストの問いには答えず、サジタリウスはエンリケをにらみつけた。
「私の大事な皇帝陛下にくだらないことを吹き込まないでください」
「へーへーそらすんませんでした、っと」
「おねえさん! 無事だったんだね、良かった!」
 アメジストが鍵を開けて中に入ると、シーデーがアメジストに抱きついた。彼女にもひどく心配をさせてしまった。現にシーデーは泣いている。
「ごめんねシーデー、心配させちゃって。蹴られたところは大丈夫? もうこの船にいる悪いひとたちは全部捕まえたからね、あなたもちゃんとティファールに帰してあげられるわ」
 シーデーの涙を手巾でぬぐってやると、シーデーの顔が輝いた。
「ほんと!?」
「ええ、本当よ。しばらくちょっとごたごたしちゃうから、すぐには帰してあげられないけど……」
「帰れるだけでうれしいよう!……あっ」
 シーデーの視線がリチャードを捉えた。あからさまにうげっとした顔をするリチャードにかまわず、シーデーが今度はリチャードに抱きついた。
「騎士さま! あたしを助けに来てくれたのね!」
「い、いや、別に君を助けに来たわけでは……」
「うれしい! やっぱり騎士さまとあたしは結婚する運命なんだわ!」
「あの、だから……私の話を……」
 多少申し訳なく思いつつも、アメジストはシーデーをリチャードに押し付けたまま、怯えている女の子たちに語りかけた。
「あなたたちももう大丈夫よ。ちゃんとおうちに帰してあげるからね」
 数人の女の子は涙を流してありがとう、と言った。だが。
「余計なことをしないでよ!」
 より奥にいた二人の女の子はアメジストをにらみつけた。思いもしなかった言葉にアメジストは固まる。
「あんたのせいで……あんたのせいで! 家族にお金送れなくなっちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
「あたしはあんたたちと違って帰るとこなんてないのよ!」
 睨み付けられたアメジストは蒼白な顔をして一歩下がる。その肩をサジタリウスが支えた。
 女の子の一人が他の女の子たちを見てなげやりに笑う。
「いいわよね、帰れる場所がある子は! 帰る場所のないあたしは、これくらいしかできることがないのよ!」
「それとも、あんたたちがあたしを買ってくれるってわけ!?」
 買う? どういうことだ。アメジストは混乱した頭で必死に考える。エンリケが帽子を脱ぎ、ため息をついた。
「……あー、この子たちはあれか。家族に売られたか自分で志願したか、ってとこか」
「家族に売られた? 自分で志願?……どうして!? 何をさせられるのか、分かっているはずでしょう!?」
 アメジストはエンリケに食って掛かる。エンリケは苦笑のような困ったような、なんとも言えない複雑な表情をした。
「んー……金銭的に苦労したことのない嬢ちゃんには分からんかな。親の借金のカタとか、家族で食い詰めて仕方なく、とか。そういう女たちは結構いるんだな、これが」
「で、でも……みんなで働けば、なんとか」
 かろうじて搾り出す声に、今度はジェイスンが答えた。
「無駄ですよ。そういう場合、たいてい働く場所がないか、あったとしても貰える賃金は焼け石に水です。体を売るのは、知識や専門の技術がなくても手っ取り早く大金を稼げる手段の一つです。それなりに若くて見目のいい女ならなおさらね。だからたとえ違法であってもこういう商売が成り立つんですよ。こんなものはほんの一例にすぎません」
「そんな……そんなこと、私、ぜんぜん、知らなかった……」
 アメジストの体が震える。それにかまわず、ジェイスンは冷たく言い放った。
「無知は恥ずかしいことではありません。ですが、同時に言い訳にはならないんです。……さあ、あなたはどうしますか。これは、王であるあなたが考えることですよ」
 まるで糾弾するような、その言葉がぐさりとアメジストの胸に突き刺さった。
 うつむいてしまったアメジストの背中を優しく叩き、サジタリウスが女の子たちを見渡した。
「……とにかく。関わってしまった以上、あなたたちをこのまま奴隷として売り渡すことはできません。我が国もカンバーランドも、人身売買は禁止されていますからね」
 女の子たちは悔しそうな顔をしてうつむいた。
「エンリケ。とにかく彼女たちを保護してください。……いったん、ダグラスまで戻りましょう」
「りょーかい」
 エンリケはほれほれ、と女の子たちを追い立て、ダグラスに戻るべく船を動かし始めた。
 ダグラスに着くまで、アメジストはずっと黙りこくったままだった。

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