帝国年代記〜催涙雨〜

モドル | ススム | モクジ

  color me blood red.  

<注意>
今回の話は、多少グロテスクな表現が含まれます。
苦手な方は、どうぞ戻っていただくか、先にお進みください。
特段、今回の話を読まなくても分かるようになっているはずです。

警告はしましたので、それで苦情を申されましても私にはどうしようもございません。
あしからず、ご了承くださいませ。

グロ? むしろばっちこい! な方はそのまま下へお進みください。



















 信じられない思いで、リチャードは目の前の様を見る。ついさっきまで、二人がいたところが今は岩や土くれで覆われていた。
 そんな、ばかな。
「陛下! ジェシカ! 無事か!」
「……私は無事、でも、ジェシカが……!」
 ジェイスンの声に細い声でアメジストが答えた。今にも泣きそうだ。
 その声を聞いたリチャードは座り込み、手近な岩に手をかける。
「待て! 下手にいじるな、中で崩れる!」
 肩をジェイスンに強く引っ張られ、リチャードは怒鳴った。
「じゃあどうしろというんだ! このままではいずれ崩れる、そうしたら……!」
 その先は言えずに黙り込む。言葉にしてしまったら、その通りになってしまいそうな気がして。
「……陛下、聞こえますか? 私が合図をしたら、風の術を使って岩を壊してください。やり方は、前にお教えしたとおりです。よろしいですね?」
 静かなサジタリウスの問いかけに、アメジストから諾の返事が返る。
「今から私と陛下が共振を使って岩を壊します。あなたたちは二人を引きずり出してください。勝負は一瞬です、タイミングを間違えたら……」
 物体に一定の刺激を与えると、たまに共鳴を起こすことがある。それが共振だ。その力を利用すれば、物を壊すのもたやすい。以前サジタリウスが武装商戦団に殴り込みをかけた際、壁に対して使った風の術のように。
 二人は言葉もなくうなずいた。
「陛下、行きますよ。……いち、にの」
 さん。その言葉と同時にぼろりと岩が崩れ、アメジストの手とアメジストに覆いかぶさっているジェシカの背中が見えた。すかさず二人を引っ張り出した刹那、二人のいた場所が大きな音と共に崩れ落ちた。
 もうもうと舞い上がる土ぼこりから二人をかばい、なんとか外へと運び出す。
「う……っ」
 改めて明るい状態でジェシカを見ると、それはひどい状態だった。
 左の肩口には背中側から三角錐状の岩が突き刺さり、左腕は関節ではないところからありえない方向へ曲がっている。さらにおびただしい出血の合間から白い骨が見えていた。
「な……んて、顔……してる、の……ばかね……こんなの、へい……き、よ……」
 真っ青な顔をしたリチャードを安心させるためか、ジェシカは笑った。笑って見せたように見えた。
 ざっとジェイスンがジェシカの状態を目視し、ジェシカには見えないように眉をひそめる。
 ――これは、切断するしかないかもしれない。
 問題は、その選択を採るしかなくなった状態で、手術のできる医者もしくはそれに準じるものがこの国にいるのかどうか。
「へ……か、は……」
 ジェシカがジェイスンに右手を伸ばす。その手をとり、ジェイスンはささやいた。
「しゃべるな。……陛下はご無事だ、ジェシカが、ちゃんと守ってくれたから」
「そう……よか……った……」
 ジェイスンの言葉にほっとしたらしい。わずかにジェシカの体が弛緩する。
「ジェ、シ」
 真っ青を通り越して真っ白な顔をしたリチャードが呆然とつぶやく。そのつぶやきでアメジストは我に返った。
 自分のせいだ、と責めたてる心がずっと頭を占領していた。それを無理やりに横に置く。今自分を責めるのは簡単だ。責めてジェシカが助かるならば、いくらだって責め立ててやる。けれどそうしたところでジェシカが助かるわけでも、あの時に時間が巻き戻るわけでもないのだ。であれば、ジェシカを助けることに全力を傾けなければ。
 ジェシカの返り血で右半身を真っ赤に染めたアメジストは、呆然とするリチャードに叫んだ。
「リチャード、あなたはネラック城へ走って! ゲオルグ王子かソフィア王女に馬車とお医者様を手配してもらえるよう頼んでちょうだい!」
「な、こんな状態のジェシカを放っては行けません!」
「いいから行ってちょうだい! 事が一刻を争うくらい、あなたにも分かるでしょう!」
「私は嫌です、ジェシカの元を離れたくない、そんな役はジェイスンだっていいじゃないですか!」
「ジェイスンじゃだめなの!」
 ジェシカのそばにいたい、というリチャードの気持ちも分かる。分かるけれど、断腸の思いでアメジストはそれを切って捨てた。
「ジェイスンじゃもしかしたら、ゲオルグ王子やソフィア王女に取り次いでもらえないかもしれない。それに、私とサジ様は全力で癒しの術を使うつもりよ。そうしたらしばらく使い物にならなくなるから、ジェイスンにはその後のジェシカの処置と、私たちを守ってもらう必要がある。あなたしかいないのよ、リチャード!」
 真っ白な顔をしながらも、リチャードの顔に理解の色が浮かぶ。
「お願い、行って! ジェシカを助けるためよ!」
 ジェシカを助けるため。その言葉がきいたらしく、リチャードはきびすを返して走っていった。やがて馬の足音が聞こえ、そして足音はどんどん遠ざかっていった。
 入れ違いになるように、二人の兵士がネラック城側から現れた。おそらく長城に詰めていた兵士が騒ぎに気づき、見回りに来たのだろう。
「……これは……!」
 二人はジェシカの状態に絶句するが、すぐに我に返ったようだ。そばにいたアメジストに話しかける。
「すぐに癒しの術と応急処置の行えるものをよこしましょう。……行って来い!」
「はっ」
 びしりと敬礼をして、兵士の片割れが走り去る。もう一人の兵士は即効性の傷薬を出しながら、アメジストの左腕を引いた。
「失礼。あなたも、治療をしなければ」
「私に怪我はありません。これは、彼女の」
 そこまでで兵士には意味が分かったらしい。アメジストの右半身を染め上げる血に、彼の顔からさあっと血の気が引いていく。
 アメジストは振り返り、ジェシカに治療を施しているサジタリウスに問うた。
「サジ様! 魔力はあとどれくらいですか?」
「ほぼ空です。かろうじて、癒しの術があと一回使えるかどうか……」
 魔力を補充する薬、術酒を手持ち分すべて服用してもその程度しか残らなかったというのだ。それはつまり、それだけジェシカの状態がひどいということだ。
 そこに先ほどの兵士が担架や治療道具を持った兵士たちをつれて戻ってきた。
「まずは、腕をなんとかしなきゃ……」
「いや、だめだ! 触っちゃいけない!」
 折れたジェシカの腕に触れようとしたアメジストに対して、ジェイスンは血相を変えて怒鳴った。その剣幕に驚いてびくりと手を引っ込める。
「オレのいうとおりにしてください。指示しますから」
 医術の心得のあるジェイスンに言われれば、従うほかない。
 まずジェイスンは兵士に手伝ってもらい、ジェシカの左腕全体を固定させた。骨を動かさないようにするためだ。サジタリウスの治療の成果か、出血はほぼ止まっていたが、だからこそ余計に痛々しく、そして現実味がなく見える。
 次にジェイスンは大きな木の幹にもたれかかるように座り、そっとジェシカを自身に寄りかからせた。まるで抱きしめるかのように。そしてきれいな手巾を肩に敷き、そこにジェシカの口があたるように彼女の顔を動かした。
「ジェシカ、舌噛まないようオレの肩噛んどけ。……今から、お前に刺さってる岩を抜くから」
 ジェシカはかすかにうなずいて、ジェイスンの肩を噛んだようだ。ジェイスンの顔がわずかにしかめられる。
「今からオレがこの岩を抜きます。そしたら大量に血が噴き出すでしょうけど、ひるまずに全員で癒しの術を使ってください。いいですね?」
 全員が言葉もなくうなずく。
「じゃあ、いきますよ……!」
 ジェイスンが思い切りジェシカの肩を貫いている岩を引き抜いた。びくりとジェシカの体がはねたあと、弛緩する。あまりの痛みに失神したようだ。無理もない、今まで意識を保っていたことすら奇跡に近いのだ。
 そこにアメジストとサジタリウスの術がジェシカへと降り注いだ。生命の水と、月光の術。二つの光が絡み合い、ジェシカをつつむ。後を追うように兵士たちの癒しの術が飛んだ。
 光が収束する。ジェシカの傷は半分ほどふさがっていたが、まだどくどくと血が流れ落ちている。力尽きたアメジストとサジタリウスは立っていられなくなり、座り込んだ。
「陛下!」
 タイミングよくリチャードが戻ってきた。なんとソフィア王女その人と同行している。
 一瞬ぽかんとしたアメジストだったが、すぐにソフィア王女に癒しの術をかけてもらえるよう頼み込んだ。ソフィア王女は天才的な術者だ。利用といっては悪いが、背に腹は変えられない。
 道中リチャードからおおよそのことは聞いていたらしい、ソフィア王女はうなずいてすぐに月光の術をジェシカにかけた。何回か重ねてかけられた癒しの光が収束すると、ジェシカの傷はほぼふさがっていた。
「あなたたち、ご苦労ですけれど、この方を馬車へ。ゆらさないように気をつけて」
「はっ!」
 兵士たちがてきぱきとジェシカを担架に乗せ、馬車へと運び込む。
「ネラック城へ行きなさい、お兄様に言って医務室を空けてもらっています。医師も待機させていますから、そこへ!」
 ソフィア王女の命を受けた御者が馬車を走らせた。
「馬車にも医師を同行させております。我がカンバーランドの名誉にかけて、ジェシカ殿は無事にネラック城まで送り届けますわ。ご安心くださいませ、姫」
 ソフィア王女はアメジストを安心させるように微笑んだ。
「ありがとうございます、ソフィア王女……」
「……姫もずいぶんとお疲れのご様子。もう一台馬車を同行させておりますので、どうぞお乗りください。ネラック城までお送りいたします」
 その厚意に甘え、アメジストたちは馬車へと乗り込んだ。
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