帝国年代記〜催涙雨〜

モドル |ススム| モクジ

  color me blood red.  

 アメジストたちは馬を走らせた。今回はできるだけ早く進む必要があることから、アメジストはジェシカとではなくジェイスンと相乗りしている。速度を出す関係上、後ろではなくジェイスンの前に乗せられたアメジストは必死に馬にしがみついていた。そうでなくては振り落とされそうなのだ。景色を見る余裕もなく、しゃべるなど論外。そんなことをしたら最後、舌を噛みかねない。
 飛ばしに飛ばして、本来であれば一日近くかかる道のりを半日弱で駆け抜けて、フォーファーはソフィア王女の元へ走る。
「まあ、姫! そんなにあわてていかがなさったのです!?」
「ソフィア王女、実は……」
 アメジストは訳を話す。かなり省略したが、それでもこの才女は十分に理解してくれたようだ。
「……よく分かりました。では、早速兄のところへ参りましょう」
 ソフィア王女が馬の用意を命じる。アメジストたちの分もだ。
 疲れた馬たちを休ませるよう命じて、ソフィア王女は用意された馬に乗った。
「陛下」
 ジェイスンがアメジストを抱えあげ、馬に乗せる。正直言って体はきついが、そうも言っていられない。速さが勝負なのだ、ここは。
 再びアメジストたちは馬を走らせた。今度はネラック城へ向けて。
 やはり一日弱かかる道のりを半分以上縮めて、アメジストたちはネラック城へとたどり着いた。顔を覚えていてくれたのかそれともソフィア王女の存在か、門番たちはすぐに道を開けてくれた。
「姫!」
 謁見の間にたどり着くと、すでに武装していたゲオルグ王子がアメジストを見て駆け寄ってきた。
「ご無事でよかった、もしかしたらダグラスでとらわれているのではないかと心配していたのです」
「ゲオルグ王子、実は……」
 アメジストが説明しようとしたが、ゲオルグ王子はそれをさえぎるように話し始めた。
「我らにろくな説明もなく、トーマが王位に就くなど信じられません。私はトーマに問いただしに行きます。後のことはポールに任せておりますゆえ、姫はここでお待ちを。……トーマ、許さんぞ……!」
 瞬間、ばしん、と乾いた大きな音がした。
 しん、と場が水を打ったように静まり返る。
「……ご自分が何をおっしゃっているのか、分かってらっしゃるの……」
 呆然とゲオルグ王子が頬を押さえる。アメジストが平手を見舞ったのだ。
 目に涙を浮かべて、アメジストがゲオルグ王子を睨みつける。
「あなたは兄を亡くした私に優しくしてくださったわ。お心を砕いて、私を慰める言葉をくださった……それなのに、その言葉をくださったその口で、弟君と戦うと……弟君を殺す、とおっしゃるの!」
 雷に打たれたように、ゲオルグ王子の体が硬直した。
「お兄様。……落ち着きまして?」
「……ソフィア? フォーファーにいるはずのお前が、なぜここに……」
「やっぱり姫しか見えてらっしゃらなかったのね。今お話しますわね、実は……」
 ソフィア王女はかくかくしかじか、と説明する。
「……というわけなのです。ここは落ち着いて、トーマと話し合いましょう」
「しかしソフィア、時間が経てば経つほどこちらは不利になる」
 そこにあわただしく伝令の兵が入ってきた。
「トーマ新王の名でゲオルグ様討伐令が全国に発せられました!」
「なに!……やはり和平などとは時間稼ぎであったか!」
「違います!」
 たまらずアメジストは声を張り上げた。全員の注目がアメジストに集まる。
「違います……トーマ王子はゲオルグ王子とは戦いたくない、話し合いたいとおっしゃっていました。私が和平の使者を買って出たときも、涙ながらに頭を下げてくださった……トーマ王子がそんなことをするとは思えません!」
 あのときの願いは本物だ。ゲオルグ王子やソフィア王女の助けになりたい、と言ったときのこともアメジストはよく覚えている。あの言葉たちに嘘があるとは思えない。
「これは仕組まれた陰謀ですわ。お父様の急死、トーマの即位、お兄様への討伐命令……あまりに手際が良すぎます。前々から計画されていたとしか思えませんわ。……唯一つの手違いが」
 ソフィア王女はアメジストに手を指し示した。
「……姫の存在。サイフリートが姫にアバロンへ帰るのを勧めたのもそのためでしょう」
「ということは、黒幕はサイフリートか!」
 ゲオルグ王子が眉をひそめた。ソフィア王女は頷く。
「姫が和平の使者を買って出たので、計画が崩れるのを恐れて次の行動が早まるでしょう。……次の手は、おそらく南からのモンスターとの連携ではないかと……」
 まるでソフィア王女の言葉を裏付けるように、また伝令の兵士があわてて入ってくる。
「モンスターたちが長城の下にトンネルを掘りました!」
「ちっ、モンスターめ、長城の向こうに追い返してやる」
 舌打ちしたゲオルグ王子をアメジストは押しとどめた。
「モンスターは私に任せて、あなた方はダグラスへ追撃する準備を。……トーマ王子を、救出しなければなりません」
 サイフリートが黒幕ならば、トーマ王子は無事だろう。彼はあくまでも宰相であり、トーマ新王の名を借りなければ何も出来ないのだから。だが同時にトーマ王子が逃げ出さぬよう、軟禁もしくは監禁していると考えられた。
「……分かりました。トンネルの敵は、お任せいたします」
 すっかり落ち着いた様子のゲオルグ王子にアメジストは頷いてみせる。
「姫、わたくしたちもできるだけ、トーマの様子を調べさせておきますわ。……お気をつけて」
 二人に見送られ、アメジストたちは今度は南の長城へと向かった。

 長城に着いたアメジストたちは、逃げられるようにあえて馬をつながずにトンネルへ足を進める。トンネルの中は暗い上、どうも突貫工事で作った代物らしく、あまり派手な術や戦い方ができないのが辛い。にもかかわらず、モンスターたちはところかまわず襲い掛かってくる。
 ぱらぱら、と天井から土くれが落ちてくる。急がなければ。アメジストたちは足を速めた。
 やがて前方に蛇のような、昆虫のようなモンスターが現れる。明らかに今までのモンスターたちとは格が違った。向こうもこちらに気づいたらしい、耳障りな声を上げて戦闘態勢にはいる。
 声が出せるということは、こいつは蛇ではなさそうだ。そうアメジストが考えたとき、またぱらぱらと土くれが降ってきた。
「崩れそうだわ」
「ええ、さっさと決着をつけねばなりませんね。リチャード、待って!」
 ジェシカの呼びかけにリチャードが立ち止まる。ジェシカは精神を集中させ、呪文を唱え始める。ジェシカは術も使えるが、あくまで剣に重きをおいているため、アメジストたちと違いきちんと手順を踏まねば術を発動することができないのだ。
 土の術、金剛力。攻撃力を増すという術の光がリチャードへ集まる。
「いいわ、行って!」
「ありがたい!」
 リチャードがモンスターに向かって一閃、剣をひらめかせる。その斬撃は先ほどまでよりも確かに重くなっていた。モンスターが苦悶の叫びをあげ、のたうちまわる。また、ぱらぱらと土くれが降ってきた。
 瞬間、地面がまるで生き物のように盛り上がり、岩が襲い掛かってきた。虚をつかれリチャード、アメジスト、サジタリウスの三人がまともに食らう。
「く……陛下! サジタリウス!」
「……私は大丈夫です! ジェシカ、陛下を!」
 リチャードの叫びに自らを癒しながらサジタリウスは答えた。ジェシカがもう一度精神を集中させ、今度は水の術を唱え始める。青い光がアメジストをつつみ、アメジストの傷は癒えていった。
「ありがとうジェシカ」
「いえ」
 短く答えたジェシカは息を切らせながらも剣を構え、モンスターへ切りかかる。戦乙女の名のとおり、その剣の冴えは一点の曇りもない。
 アメジストはすばやく月光の術をリチャードへ解放する。リチャードの傷は癒えたが、失われた血液までは補えない。一瞬ふらついたリチャードに向けてモンスターが襲い掛かる。
 そこにジェイスンがほぼ体当たりするような形でモンスターに斧をたたきつけた。それが止めとなったらしく、モンスターは断末魔の悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。ばらばら、と先ほどよりも多く土くれが降り注いだ。アメジストが上を見上げる。大きな地面の鳴動。
「……危ない、崩れる!」
 アメジストの叫びに呼応するように、あっけなくトンネルは崩壊を始めた。

 アメジストたちは揺れるトンネルを走る。アメジストは体力がなく、他の者と比べて歩幅も小さいからどうしても遅れがちになる。だが走らねば生き埋めになってしまう。そんなことはごめんこうむる。
 それでも襲い掛かってくるモンスターたちをリチャードとジェイスンが蹴散らして道を空け、懸命に駆ける。
 やがて走る先に光が見えてくる。外の明かりだ。それが見えた瞬間。
 かくん、と突然アメジストの足がくずおれた。これには本人が一番驚いた。何とか受身を取って、とにかく立ち上がろうとするが、
「えっ、どうしてっ」
 立ち上がれない。それでもなんとか立ち上がろうともがくが、どうしても足はいうことをきいてくれなかった。
「陛下!」
 アメジストの様子に気づいたらしく、リチャードとジェシカがこちらへ駆けてくる。いつのまにかだいぶ離れてしまっていたようだ。
 どん、と大地が鳴動する。
「――陛下!」
 悲鳴に近い声を上げ、よりアメジストに近い位置にいたジェシカがアメジストに覆いかぶさった。
「ジェシカ! 陛下!」
 リチャードが叫ぶ。ジェイスンやサジタリウスが駆け寄ってくる。

 次の瞬間、トンネルの入口付近だけを残して、あっけなくトンネルは崩壊した。
モドル |ススム| モクジ

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