帝国年代記〜催涙雨〜

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 翌日、アメジストたちはネラック城への道を進んでいた。
 結局、ゲオルグ王子とは会わなければいけないのだ。後よりは先に済ませてしまったほうがいいだろう、という判断をアメジストは下したのだ。
 問題は、その手段だった。
「えっ、みんな馬に乗れるの? 私だけなの、乗れないのは?」
 ハロルド王の好意で、人数分の馬を用意してもらったのだが、アメジストは馬に乗る訓練をしたことがなかった。
 つまり、馬に乗れないのだ。今のところ、アメジストだけ。
「私たちは、軍人ですし。馬上戦闘の訓練もしておりますから」
「私も、戦闘訓練を受けたことがありますからね。さすがに全力疾走しながら弓を撃ったりはできませんが、普通にだく足で乗るだけなら問題はありません」
「ジェイスンも?」
 一縷の望みをかけて、ジェイスンを見るアメジストだったが、ジェイスンは一言、「乗れます」といった。
「そう……私だけなのね……乗れないの……」
「ま、まあまあ陛下。おいおい練習すれば乗れるようになりますよ。今は私と一緒に乗りましょう」
「ありがとうジェシカ……」
 しょんぼりしながらも、アバロンに帰ったら馬に乗る練習をしよう、と固く心に誓うアメジストだった。
 ジェシカに助けてもらいながら、馬のあぶみに足をかけ、馬にまたがる。……意外と、高い。
 予想外の高さに一瞬ぞっとしたとき、馬がぶるる、と鼻を鳴らし、足を動かした。
「きゃああっ」
「あ、だめです陛下!」
 思わず鬣にしがみつくと、悲鳴かそれとも鬣を引っ張られたことか、に驚いた馬がさらに暴れだす。
「どう、どう。いい子だから落ち着いて」
 ジェシカがうまく馬をなだめてくれた。
「陛下。馬は繊細なんですから、いくら怖いからってそんなに緊張してたら馬も疲れます。普通に乗ればいいんですよ」
「そ、そんなこと言われても、すぐにできたら苦労しないわよ」
 ジェイスンのお小言に、馬にしがみつくのに必死なアメジストが反論する。
「大丈夫ですよ陛下。私にしがみついてくだされば」
 軽々とジェシカが馬にまたがる。……その差に、さらにしょんぼりする。
「陛下の分の馬は、荷物を持ってもらうことにしましょうか。というわけで、なるべくゆっくり進みましょうね」
 荷物を持ってもらう馬は、サジタリウスが先導するらしい。
「じゃあ、先頭はリチャード、お願いするわ……」
「はい、陛下」
 というわけで、馬上の人となったアメジスト一行はネラック城への道を進んでいったのである。

 カンバーランド首都ダグラスから南西に約半日といった距離に、ネラック城はあった。
「何者!」
 城のそばで馬を下りると、門番をしていた兵が槍を突きつけてきた。
「私はバレンヌ帝国皇帝、アメジストと申します。ハロルド王の依頼により、ネラック城城主ゲオルグ様に謁見をお願いしたく存じます」
「確かに皇帝陛下がご訪問されることは聞いている。だが、証はあるのか? 貴殿が皇帝陛下であるという確実な証拠がなければ、ここを通すことは罷りならぬ」
「証拠ですか……」
 アメジストは少し考えて、ひとつうなずいた。
「では、これを。……以前、ゲオルグ様が個人的に、私に下さったものです」
 服の隠しから、マント留めを差し出す。それにはカンバーランドの紋章が入っており、なによりもゲオルグ王子本人の名が刻まれている。
 門番たちはひとしきり相談を始めた。
「……かしこまりました。ただいま確認してまいりますので、しばしお待ちを」
「その必要はない。……お前たちは門番として通していい者とまずい者の区別もつかぬのか」
 門番の一人が城内へ入ろうとしたとき、よく通る男性の声がそれを押しとどめた。
「ポ、ポール副長!」
「連絡が行き届いておらず、失礼いたしました。皇帝陛下ご一同様、どうぞこちらへ」
 あわてて門番がその場を一歩引く。ポールはそのままきびすを返し、歩き始める。
 ふいにポールの歩みが止まった。
「……ご挨拶がまだでしたね。私はここネラック城にて副長を勤めております、ポール・ジークヴァルトと申します。以後お見知りおきを」
「お久しぶりです、ポール様」
「様、はおやめください。あなた様はもはや、一国の王なのですから。私などにへりくだる必要はございません」
 順に挨拶を交わしていくと、ポールはふとジェシカとジェイスンに目を留めた。
「帝国では、女性が前線に出るのですか? しかもまるで大道芸者のような奇抜な格好をしたものまで……物好きなものだ。帝国には規律というものは存在しないのですか?」
「まあ。帝国は女性がいるだけで規律が乱れるようなやわなつくりはしておりませんの。それに、戦いに男性も女性も関係ないと思いません?」
 あくまで微笑みながら、ジェシカが言う。そばにいたリチャードは内心冷や汗をたらした。こういうときのジェシカは、まず間違いなく怒っているからだ。そして八つ当たりされるのは紛れもない自分である。リチャードはこっそりため息をついた。
 ジェイスンは言われなれているのか、涼しい顔をして無視している。
「そうおっしゃらないでくださいな。みなとても優秀な戦士ですのよ?」
 アメジストのとりなしに、ポールはそうですか、と返しただけだった。
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