帝国年代記〜催涙雨〜

モドル | モクジ

  color me blood red  

 夕食後、用意された部屋に備え付けられた椅子に腰掛け、アメジストは考え込んでいた。
 ハロルド王の真意についてだ。
 ただ単にゲオルグ王子やソフィア王女に会って欲しいがための発言とは思えない。それだけならば彼らをダグラス城へ一時呼び寄せるだけですむ話。老いたりといえどハロルド王は、有能な為政者だ。なにかしらの思惑があるはずだ。
 おそらく、『二人がいる場所』に行くことが、鍵。
 そこまで考えたとき、ノックの音が耳に届いた。
「どうぞ、開いています」
 きっとリチャードたちだと思いながらも、もしかしたらダグラス城の使用人かもしれないので、心持ちやわらかく答える。
 扉を開けて入ってきたのは、やはりリチャードたちであった。アメジストは、みんなに座るよう促す。
「いったい、ハロルド王は何を考えていらっしゃるのでしょうか」
 リチャードは困惑を隠そうともしなかった。
「どうなのかしらね。……確実に言えることは、この国が私がいたころとは変化しているということ」
「変化? ですか?」
 さらに困惑を隠せないリチャードに、サジタリウスが答えた。
「ソフィア王女が街の政を任されている、ということですよ。……いくら聡明と名高い王女といえど、女性の地位があまり高くないこの国で、ひとつの街を治めるという責任のある立場になるのには相当の反発があったはずです」
 アメジストがゲオルグ王子の婚約者としてこの城にいた数年間、何かと忙しいゲオルグ王子に代わって、ソフィア王女はよくアメジストとトーマ王子の世話を焼いてくれたものだ。
「女性は、確か騎士にもなれなかったんですよね?」
「ええ、そうよ。すごく乱暴な言い方をすると、『女性は家に入っていろ』というのがこの国の常識だったわ」
 子どものころ、強くなってこの国に来ようとしていたジェシカはその事実に大層驚いたものだったが、むしろバレンヌのように女性の騎士叙勲が認められている国のほうが少ないのだ。
「でも決して女性をないがしろにしているわけではないのよ。この国の女性は、癒しの術が使える素質のあるひとが結構多いしね」
 男性は武器を持って前線に。女性は術の力を以って後方支援を。それがこの国のあり方だった。これまでは。
「それに、サイフリートが宰相になっているのにも驚いたわ。確かに彼は頭のいいひとだけれど、私がいたころは王妃の付き人でしかなかったもの」
 そこまで話して、アメジストは説明が不足していることに気づいた。特にジェイスンに対して。
「最初から話すわね。まず、ハロルド王と最初の王妃との間に産まれたのがゲオルグ王子。私の元婚約者ね。……この方は、ゲオルグ王子を産んだ後すぐに亡くなられているの」
「それじゃあ、ソフィア王女やトーマ王子はどうやって増えたんです? それにこの国、確か一夫多妻制は認められていないはずでしょう」
「増えた、って、ジェイスンあなたね……ええと、確かに一夫多妻制は認められていないのだけれど。死別はまた扱いが違ってくるのよ、王族ということもあるしね。……話を戻すわよ。次に王妃となったのが、亡くなられた第一王妃の妹君。この方がソフィア王女を産んで、やっぱり亡くなられているの。つまりゲオルグ王子とソフィア王女は兄妹であり、母方の従兄妹でもあるわけね」
 第二王妃は、姉である第一王妃よりは長く生きたが、やはり早くに儚くなっている。
「そして、最後に王妃になったのが、トーマ王子の母君。この方も先日亡くなられているのだけれど、この方は貴族でもなんでもない、民間人の女性。この第三王妃が嫁いでくる際、付き人として一緒に城にあがったひとたちのうちの一人がサイフリート。というわけ」
「はあ、なるほど。がっちがちな貴族主義のこの国で、民間人の王妃の付き人としてくっついてきたのが、なぜか今現在、宰相やってるということですね」
「しかも、私がバレンヌに帰ったあとの、たった数年でね。……いくらサイフリートが優秀で、後見に第三王妃がついていたとしても血筋や経験を重視するこの国でこの昇進の早さ、ちょっとおかしいわ。彼、以前とは雰囲気も全然違うし」
「それよりもオレは陛下がこの国に滞在してたってことが驚きですけどね。元婚約者っつっても、男も女も成人にならないと結婚もできないこの国で何してたんですか」
「……それはバレンヌのお国事情があったのよ。複雑な話になるし、今の話とこんがらがっても困るから知りたいなら後でね」
 ばっきりと話の腰を折られたアメジストはため息をついた。
「それはともかくとして。……ネラック城とフォーファー、どちらから訪問されるおつもりですか?」
 こほん、とひとつ咳払いして、サジタリウスが尋ねる。
「そうなのよね……」
 それも頭の痛い出来事だ。なんにせよ、アメジストの中ではまだゲオルグ王子に対しての心の整理がついていない。
 確かにあの時はゲオルグ王子に好意を持ってはいたけれど――はっきり言って、それは『恋に恋する』状態だったのだと今では思う。初めてゲオルグ王子と出会ったときの状況が状況だったから。そしてゲオルグ王子のほうは、アメジストの年齢のせいもあって、『妹』以上の感情は持っていなかっただろう。
 アメジストが婚約者としてこの国に来たのが十歳のとき。ゲオルグ王子は当時十八歳。妹であるソフィア王女よりも若い少女に恋愛感情など持たないだろう。結婚は、王族のつとめとして仕方ないことだとしても。
 正直、ゲオルグ王子と会うのは気まずい。それでもハロルド王たっての願いとあれば、聞かぬわけにはいかない。なにせ、バレンヌはカンバーランドに『婚約破棄』という借りを作っているのだから。
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