帝国年代記〜催涙雨〜

モドル | ススム | モクジ

  color me blood red  

「ここにいたのね、トーマ王子」
 アメジストはトーマ王子の姿を見つけて、声をかけた。
「あ……見つかっちゃいました、ね」
 アメジストの姿を見て、トーマ王子がにっこりと笑う。
 トーマ王子の部屋の外。実はここは誰にも見つかりにくい秘密の場所だった。
 トーマ王子の隣に腰を下ろし、アメジストも笑った。
「そりゃあね。ここは、私たちがよく一緒に遊んでいた場所だもの」
「覚えていて、くださったんですか」
「私ね、あなたが私のこと覚えていてくれて、とてもうれしかったわ。この国にきたばかりのころ、ひとりぼっちで寂しい思いをしていた私と最初に遊んでくれたのは、あなただったものね」
「えへへ……ぼくも、ひとりぼっちで寂しかったから。ゲオルグ兄さんやソフィア姉さんとは、歳が離れすぎていたし」
 ぼくのこと、この場所のこと、覚えていてくださってとてもうれしい、とトーマ王子は言った。
「……皇帝陛下、がお帰りになってから、ぼくとっても寂しかったんです。サイフリートはなにかにつけ勉強だ武術の稽古だってうるさく言うし。ゲオルグ兄さんほど武勇に優れた人や、ソフィア姉さんほどに賢い人なんて見たことないのに、負けるなって。……あ、でも今は皇帝陛下のほうがお強いのかな」
「そんなことないわ。トーマ王子も会ったでしょう? 私と一緒についてきてくれたひとたち。私、彼らには迷惑をかけっぱなしだもの」
「皇帝陛下でも……?」
 アメジストはこくりとうなずいて見せた。
「確かに、みなさん、お強そうでした。……そういえば、とっても綺麗な女のひとがいて、ぼくびっくりしました。あのひとも、戦うのですか?」
「ジェシカのことね。そうよ、彼女はとっても強いの。戦いの腕だけでなく、内面もね。いつも私、助けられてばっかり」
「へぇ……すごいなあ。じゃあ、ぼくももっとがんばらなきゃ。まだ漠然とした望みだけど、ゲオルグ兄さんや、ソフィア姉さんの助けになれればいいなって思ってるんです。……おこがましいかもしれないけど」
「おこがましいなんてとんでもないわ。きっとゲオルグ王子やソフィア王女も心強く思ってくださるはずよ。だって、今の私がそうだもの」
 アメジストの言葉に、トーマ王子は顔を真っ赤にしてはにかんだ。
「皇帝陛下にそういっていただけると、がんばろうって気になれます。……ありがとうございました。ぼくを、探しに来てくださったんでしょう?」
「ええ。そろそろ、夕食の時間だってことだったから」
「あっ、もうそんな時間だったんですか。またサイフリートに怒られちゃう」
 トーマ王子はあわてたように立ち上がり、ぱっぱっ、とお尻についた葉っぱを払う。アメジストも立ち上がった。
「じゃあ、一緒に怒られに行きましょうか。昔みたいに」
「……はい!」

 ミイラ取りがミイラになった、ということで控えめではあったが、アメジストとトーマ王子はサイフリートから怒られている。
 しゅんとして聞いている二人がなんだかほほえましくて、思わずハロルド王に笑みがもれた。
「……まあ、その辺でよいだろう、サイフリート。姫にはわざわざトーマを探していただいたわけであるし、せっかくの夕食も冷めてしまう」
「ハロルド王がそう甘くなさるから、トーマ様が……ああもう、わかりました。トーマ様! 今後はこのようなことがないようにしてください! よろしいですね!」
「はい……ごめんなさい、サイフリート」
「ごめんなさい」
 二人の謝罪の言葉を聴いて、よろしい、とサイフリートがうなずく。まるで姫がこの国に滞在していたころのようだ、とハロルド王は懐かしく思った。

 神への祈りを捧げてから、夕食に入る。
 ふとアメジストはジェイスンに目を留めた。
 そういえば、ジェイスンはゲオルグ王子と同じくらいの歳だったような気がする。そう考えて、なぜ気になったのか逆に気になった。
 ジェイスンは会話もせずに、ただ黙々と食事を口に運んでいる。別におかしいところは何もない。けれどなにかしっくりこない違和感がある。
 ああそうか、なにもおかしくないから違和感があるのだわ。そう気づいてアメジストは得心した。
 貴族であるリチャードやジェシカ、サジタリウスと違いジェイスンはただの傭兵だ。それなのに、とても綺麗に食事をしている。特になにも言ったわけでもないのに、音を立てたりなどのマナー違反もしていない。こういうことは付け焼刃ではうまくいかないものなのだ。
 傭兵といえば、なんとなくそんなマナーなんて知らないというイメージがあった。現に以前、シーシアスはマナーなんてまったくなっていない食べ方をしていたし。
 いったいどこで習ったのかしら。機会があったら聞いてみよう、とアメジストは思った。
モドル | ススム | モクジ

-Powered by 小説HTMLの小人さん-