トゥフカ・サーガ〜約束の地〜

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  邂逅  

 村人たちに見送られたシルファとリヒトはいったん街道に出て、南に進むところを少し西に逸れた。そのまま少し進んだところに開けた場所があり、そこには大きな石が規則的に、たくさん並んでいる。
 二人は大きな石の間を通り、とある石の前で立ち止まった。
「しばらくこられなくてごめんね。私も今日で無事、十四歳になりました。……必ずお父さんを探し出して一緒に帰ってくるから、待っててね。お母さん」
 シルファは雪の積もる地面にためらいなく膝をつき、石に積もる雪を少し払い、石に向かって語りかける。
 そう、ここはティエル村の共同墓地。そして二人の目の前にある墓石は、シルファの母フィーネのものだ。その隣には、二人が幼い頃に亡くなった祖父が眠っている。
「フィーネおばちゃん。シルファは絶対、オレが守るから。だから安心して、じいちゃんと一緒に見守っててくれよな」
 立ったままのリヒトは胸を張り、どんと拳で胸を叩いた。
「じゃあ、お母さん。いってきます」
 シルファは立ち上がり、ぱんぱんと膝の雪を払った。リヒトも「いってきます」とフィーネの墓石に挨拶をする。
 そしてもう一度、街道へと戻っていった。

 二人は街道を南に向かって歩く。見馴れた風景が遠ざかるたびに、言い様のない心細さや物寂しさに襲われる。辺りはサクサクと雪を踏みしめる足音が響くばかりで、背負っている荷物が余計に重く感じられた。シルファがほぅ、とため息を一つ吐くと、寒さに息が白む。
「シルファ、荷物、重くないか?」
 隣を歩むシルファの足取りが重くなっているのに気付き、リヒトが足を止める。
「うん。大丈夫……ただ、いよいよ旅立ちなんだなって思って……」
「そっか……まぁ、旅って言っても、別に死にに行くわけじゃないんだから、大丈夫だって! ばあちゃんだって若いころ、シルファと同じ事やってたんだろ? いざとなったら、さっきも言ったとおりオレがシルファを守ってやるからさ!」
 リヒトは自身の不安をぬぐい去るかのようにわざと明るい声音で言うと、ニッと笑みを浮かべながらガッツポーズをしてみせる。
「ありがとう、兄さん……まだ旅すら始まっていないのに、こんなことじゃダメよね。ばばさまとも『一人前になって帰って来ます』って、約束したんだし」
 シルファは笑みを浮かべると、意を決して胸に拳を当てる。リヒトはシルファの様子に大きく頷いた。
「そうそう、その意気だぜ!……あっ、そういや、ばあちゃんから手紙届けろって頼まれてたんだったよな。確か、ヴェルクシュタット、だったっけ?」
「うん、ヴェルクシュタット。首都よね。そこのラファ神殿の司祭様にってばばさまは言っていたけど……そういえば、ヨハン兄さん元気かしら?」
「兄ちゃんなら相変わらずだと思うぜ。あんま顔出したくないけどな……」
 リヒトはシルファの言葉に顔をしかめ、肩を竦めた。
「どうして? 久しぶりなのに」
「まっ、まずはヴェルクシュタットに行かないとな。そうじゃなきゃ、先に進めねぇし」
 リヒトは首を傾げるシルファを遮り、腰ポケットを探り始める。話題を逸らすべく折り畳んだ地図を広げると、ジッと眺め出した。
「う〜んと、ヴェルクシュタットは……っと。このまま街道沿いに……おっ、スマラクト・ヴァルトを越えて行くのか!」
「えっ、スマラクト・ヴァルトって、確かアスランさんがいらっしゃる場所よね?」
 シルファは地名を耳にすると目を見張り、一緒になって地図を覗きこむ。
「ああ、アスランのいるトコだよ。懐かしいな……ガキの頃、皆で胆試ししておもいっきし怒鳴られたっけ……そういやそこでシルファが迷子になったんだよな」
 リヒトは懐かしそうに眼を細めるも、あるエピソードを思い出し、ばつが悪そうに頭を掻いた。
 スマラクト・ヴァルトは、幼少期にシルファが一緒に遊んでいたリヒトたちとはぐれ、アスランと出逢った地である。その後、縁あってリヒトもアスランに出逢い、シルファの巡礼の旅に向けての稽古や旅のいろはを教えて貰ったのだ。
「今聞くとものすごく恥ずかしいけど、そのおかげでアスランさんに会えたんだものね……ヴェルクシュタットに行く前に、挨拶して行かない?」
「……だな。アイツには色々しごかれたからな。出掛ける前に、あのオッサンに顔出ししなきゃな!」
「ふふっ……ダメよ、兄さん。そんな事言うなんて。アスランさんが聞いてたらまた怒られるわよ」
 二人は和やかに談笑しながら、森への道を歩み出した。
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