トゥフカ・サーガ〜約束の地〜

モドル | ススム | モクジ

  邂逅  

 緑の夢からの、突然の覚醒に少女はぱちぱちと瞬きをした。
 目をこすろうと手を上げると、目に映るのは小さな、子どもらしいふくよかな手ではなく。それなりに大きくなった手。
 そして時は一瞬にして移り変わる。三歳の少女から、十四歳の少女へと。
「……懐かしい夢をみちゃった」
 少女は呟き、ゆっくりと上体を起こす。
 あれから十年余りが過ぎ、金の髪の迷子――シルファは本日、紫水晶の月十四日をもってめでたく、十四の歳を迎えた。
 ティエル村で神職を目指す者は、十四の歳を迎えると、自己研鑽と共に、自身の視野を広めるため、巡礼の旅を行う事が倣わしとなっている。シルファも神職者である祖母の手伝いをしながら、自身も祖母の跡を継ごうと日々修練を重ねてきたのだ。
 シルファはベッドから出ると、腰まで伸びた長い髪をさらりと揺らし、ゆっくりと辺りを見回す。
「この家とも暫くお別れなのね…」
 感慨深げに溜め息を漏らしていると、部屋の外からどかどかと大きな足音が聞こえてきた。足音はドアの前に辿り着くと止み、やがて軽快なノック音が響く。
「おーい、シルファ! ちゃんと起きてるか?」
 少年の声が元気よく聞こえてくる。シルファははっと我に返り、声の方――自室のドアへと振り返った。
「は、はい!……もう起きてるわ。リヒト兄さん」
 シルファの返事を受け、「入るぞー」という声と共に『リヒト兄さん』と呼ばれた赤毛の少年が入室する。
 この赤毛の少年、リヒトはシルファの母方の従兄にあたる。今は亡きシルファの母フィーネとリヒトの母ハンナが姉妹で、幼い頃から一緒に暮らしており、シルファはリヒトを実の兄のように慕っていたし、リヒトの方もシルファを妹のように可愛がってきた。
 リヒトは出迎えた彼女を目にすると、気まずそうに頬を掻く。
「……シルファさ、何気に今起きたばっかだろ。まずは着替えが先だな」
「あっ……ごめんなさい」
 自身が寝間着姿のままであった事を思いだし、シルファはあたふたと着替えを用意し始める。
「全く、しょうがないな……お前が着替えしてる間に荷物運んでおくからさ。どこにまとめてあるか教えてくれよ」
「あ、ありがとう。実は棚の前にまとめてたんだけど、あまりに量が多くなってしまって困っていたの」
「あぁ、分かったよ……って、なんだこりゃ!?」
 苦笑しながらリヒトが向かった先には、山積みになった衣類や書類、布人形等が置かれており、とても旅支度とは思えない物ばかり。がっくりと肩を落としたリヒトの第一声は「旅以前にまずは仕分けからだな」であった。

 着替えたり、髪の毛を梳かしたりして何とか準備を整え、自室を出て居間へ向かうとあれだけあった荷物の塊がすっかり小さくなり、すっきりコンパクトになっていた。苦労して仕分けしてもあの荷物の山だったのに、今や背負い袋に入るくらいのサイズだ。
「わあ、兄さんさすが。私、どう頑張ってもあそこから小さくならなかったのに」
 シルファが感嘆の声をあげると、リヒトははあ、とため息をついた。
「シルファはなんでもかんでも詰め込みすぎなんだよ。教会の掃除とかはちゃんとできるんだから、物をどこに置くかっていうのきちんと決めてそこに置くようにすれば部屋も散らからないわけ!」
「……だって……教会の掃除用具いれとかじゃないから、どこに何をおいたらいいか、わからないんだもの……」
 しょんぼりとシルファがうつむいて小声で言うと、「そういうとこ、フィーネおばさんにそっくりだよな」とリヒトはため息をついた。
「ああ、別に怒ってるわけじゃないからな。人には向き不向きがあるんだから。シルファやフィーネおばさんはこういうことに不向きってだけ。……んで、着替えはここ。さすがに下着は自分で入れてくれよ? それから予備財布はここな。あと……」
 リヒトは実にかいがいしく荷物のすべてを説明してくれ、最後に横にのけてあったものを指し示した。
「これさ、全部持ってくの、無理だから」
「でっ、でも、これはお父さんが私にってくれた……」
 そう、のけられていたものは、長い間旅の空にいる父エリックが母フィーネへの手紙と一緒にシルファにと贈ってくれたものだ。
 リヒトは両手を挙げ、まあまあ、とシルファをいなす。
「わかってる、わかってる。シルファがこれをすっごく大事にしてるってこともな。でも旅するのに、これ全部は持っていけない。無理に持ち歩いて、壊しちゃってもイヤだろ?」
「そ、それは、イヤ……」
「だろ?」
「でも、せっかくのお父さんからの贈り物……」
「うん。だからどれか一個にしよ? それくらいなら問題ないから」
 なだめるように言われ、それもそうだ、と納得するシルファ。さすがに産まれたときからのつきあい、リヒトはシルファの扱い方(と言うと言葉は悪いが)を心得ているのだ。もちろん逆もしかり。
「……じゃあ、これにする」
 しばし考えた後シルファが指差したのは、小さな布人形だった。父は精一杯、シルファに似たようなものを選んだのだろう、その人形は黄色い毛糸の髪に緑色のボタンの目をした、女の子の人形だった。
 リヒトは確かめるように、人形を手に取りシルファに見せた。
「おっけ、これね。じゃあ背負い袋の脇に結んどくからな」
「ん」
 人形の頭には何かにぶら下げられるよう、糸がくくりつけてある。リヒトは人形を手早く背負い袋の脇に結び付けてくれた。
「ほらほら子どもたちー! 朝ごはんですよ! ほらリヒト、お父さん呼んできて!」
 そこに朝食の皿を持ったリヒトの母、ハンナが声を上げる。あわててリヒトは立ち上がって早足で外に向かう。リヒトの父は朝が早いのだ。
「シルファちゃん、十四歳のお誕生日おめでとう」
 にっこりと息子リヒトと似た緑の目でハンナが笑う。
「ありがとう、ハンナおばさん」
「主役に仕事を頼むのもなんだけど、ばばさま呼んできてもらえるかしら。朝ごはんですよー、って。教会にいるはずだから」
「あ、はい、わかったわ」
 うなずいて、シルファは立ち上がり、教会へ通じる渡り廊下の扉を開いた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2014 Kazuki&Yukito All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-