トゥフカ・サーガ〜約束の地〜

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  邂逅  

 ムンドゥス・クリュスタルスの北に位置する大地に、スマラクト・ヴァルトという森がある。
 世界の創造時、光の三大神の一柱、ラファが作りたもうたとされるこのスマラクト・ヴァルトは原始の森として名高く、人の手は必要最低限しか入っていない。
 そのうっそうとした森の奥深く。辺りは薄暗く、もうすぐにでも辺りは指先も見えないほど真っ暗になるであろうということは容易に想像がついた。
 その闇に沈み行く森の中に、一つの金色の光があった。
 いや、その金色の光はかすかに動いている。
 その金色の光は、幼い少女の髪が光を反射しているものだった。
 年のころは、三つか四つをようやくすぎた辺りだろうか。頭に花冠を載せ、手にも花を握り締めた幼い少女は、不安そうにあたりをきょろきょろと見回し、とことこと前に進む。
 ぐすん、ひっく。
 鼻をすすりながら、幼い少女はまた辺りを見渡す。そこに少女の求めている人は、いない。
「にいた……ぐすっ、ど、どこいっちゃたの……」
 ひっくひっくと泣きじゃくっていると、遠くから何かの動物の遠吠えが聞こえてきた。少女はびくっと身をすくませる。
 あわてて走り出そうとして、少女は何かに足を引っ掛けて転んでしまった。
「う……うぅっ……」
 やっとのことで身を起こした少女は、もう立ち上がることができなくなってしまった。
「うあああああああん、にいたああああん! ど、どこ、いっちゃったのおおおお! こ、こ、こあいよーうあああああん!」
 とうとう耐え切れずに大泣きし始めた少女だが、その声に応えるものは誰一人としていなかった。
「……うるさいな。そこのガキ、なにを泣いている」
 いや、いた。
 その声にまたしてもびくっと身をすくませ、泣き止んだ少女はきょろきょろと辺りを見渡した。
「こっちだ、こっち。……まったく。もう夜になるのに、お前のような子どもがどうして一人でこんな森の奥にいるんだ。周りの大人たちに「暗くなったら森に入ってはいけません」と教えてもらわなかったのか」
 声の方向を見ると、うんざりした表情の、すらりとした体躯をした赤毛の男が背後の大きめの石に寄りかかり、片ひざを立てて座った状態で少女のほうを見ていた。
「おいたん、だあれ?」
 少女は立ち上がり、そろそろとその赤毛の男の元へと歩み寄る。その場にぺたんと座りこみ、まじまじと男の顔を見つめると、男は実に嫌そうに顔をしかめた。
「誰がおじさんだ、誰が。俺はそんな歳じゃないんだ、お兄さんと呼べ。……先ほどの質問に答えろ、ガキ」
「ガキじゃない……もん。シルファには、シルファっておなまえ、ちゃんとあるもん」
「…………。じゃあ、シルファ。どうして暗くなる前におうちに帰らなかったんだ」
 幼い少女……シルファはしょんぼりとうつむいた。
「おうち……なくなっちゃったの。だから、シルファ、さがしてるのよ」
「なるほど、迷子か。……まさかとは思うが、一人で森に入ったのか?」
「ううん。にいたんと、みんなといっしょだったの」
「お兄ちゃんたちと一緒だったのか。それで? どうして一人になったんだ」
「シルファ、おはなつみしてたの。そしたら、にいたんたち、い、いなく、な……」
 とたんにシルファの大きな緑色の目に涙がたまっていく。
「ああああ、泣くな泣くな! 獣がきたらどうする。もし見つかったら、お前なんて一口でぺろりだぞ」
 赤毛の男はわしわしとシルファの金髪の頭をなでてくれた。
「遊びにこの森に入ったってことは、お前はティエル村の子だな」
「おまえじゃないもん、シルファだもん」
 唇を尖らせると、赤毛の男は苦笑した。
「ああ、悪かった、シルファ。それで、ティエル村の子だというのは間違いないか?」
「うん」
「なるほどねえ……」
 赤毛の男は考え込んで、あごに指を添えた。シルファは首をかしげて、赤毛の男を見上げた。
「シルファ、おうちにかえれる?」
「……多分村ではお前……シルファがいなくなったことで大騒ぎだな。シルファを探しに森に入っていると思うが……」
「じゃあ、シルファ、さがす」
 すっくと立ち上がったシルファを、赤毛の男は止めた。
「だめだ。迷子になったときの鉄則は、『その場を動かない』。しかたがないから、大人たちが探しに来てくれるまで、お兄さんが相手をしてやろう。おとなしくここにいるんだ」
「……わかった」
「よし、いい子だ。……まず俺の名前を教えてやろう。俺の名はアスラン」
「あ、しゅ?」
 シルファが首を傾げる。
「ア・ス・ラ・ン、だ。……まあシルファにはまだ発音しにくいか。そうだな、お話をしてやろう。ちゃんと聞けよ?」
 アスランと名乗った赤毛の男はシルファをひざに乗せ、いろいろな話をしてくれた。
 御伽噺にもなっている、三人の救世の英雄は、本当は五人だったこと。
 こことは違う、砂や岩に覆われた国の話。
 とうに滅びてしまった妖精族の話。
 森の中に住む魔女の話。
 シルファはそれらを目を輝かせて聞いていた。
「……シルファ」
「なあに?」
 ふと話をやめたアスランを、ひざの上に乗っかったシルファが不思議そうに見上げる。
「お迎えが来たようだ」
「ほんと!?」
「ああ。……こっちだ、ほら、こっち、こっち……」
 アスランがとある方向を見て何かを呟き始めたため、シルファもそちらの方向を見る。
 やがてたいまつの明かりと、人の声が聞こえてきた。
 シルファが目を凝らしてそちらを見ると、先頭に立っている男の姿が見えた。その男は赤毛でがっしりとした体躯をした、シルファの伯父。
「おいたーん!」
 ぱっと立ち上がりシルファが走り出す。シルファの声に気づいて伯父がこちらを見て、シルファちゃん! と声を上げる。
「シルファちゃん、無事かい? 怪我はないかい?」
「うん、だいじょうぶ」
「ああ、よかった……」
「俺、他のやつらにも知らせてくるよ」
 捜索隊の中でも若い青年がぱっと身を翻した。
「ったくあの馬鹿息子ときた日にゃ……! 無事だったから良かったものの……!」
「にいたんは?」
 ひょいと伯父に抱き上げられたシルファは、一緒に来た子どもたちの中でも頭的存在のいとこの安否を尋ねる。
「ああ、リヒトなら大丈夫。今度はちゃんと見てるように、リヒトにはきつーく言っておいたからな」
 シルファはほっとし、顔をほころばせた。リヒトが無事なら、他の子どもたちも無事なはずだ。
「あっ、おにいた……あれ?」
 シルファがお別れとお礼を言おうとしてアスランのほうを振り返ると、彼はもうそこにいなかった。
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