まだ、誰も目覚めていないであろう早朝。アメジストはとある場所で舞を舞っていた。
ふわりと舞う腕。
空に向かい響く歌声は、高く低く、たゆたう。
彼女は歌い、舞う。たった独りで。
「……キミはとてもいい声をしているねぇ。さすが蛙の子は蛙、ってとこかな?」
賞賛の声とともに、手を叩く音。
「誰!?」
振り返ると、金髪に緑色の目の青年が立っていた。……彼の存在に、全く気づかなかった。
油断したかもしれない……とアメジストは身構えた。
「見ない顔ね……知らないのかもしれないけれど、ここは立入禁止の場所よ。見つからないうちに早く出たほうがいいわ」
アメジストの忠告を聞いてるのかいないのか、彼はにこりと微笑んだ。
「……焔の子。水に祝福されし兄公子、予言に背いて生まれし妹姫」
つぶやかれた言葉に、アメジストは表情を凍らせた。
微笑んだまま、彼は言葉を紡ぐ。
「一緒に生まれたのに、望まれたのはキミの兄の方。『この世界の常識』ではキミはいらない存在だった……キミのせいじゃないのにね」
彼の声が哀れむように揺らいだ。
「キミがいるべき場所は、ここじゃない。……さあ、おいで。この手をとるんだ」
伸ばされた彼の手。
「連れて行ってあげる。『ここじゃない、どこかへ』」
その声は麻薬のように、ゆっくりと体中を侵していく。まるで夢の中にいるような不確かな感覚の中、彼の姿だけは鮮やかで。
聞いてはいけない、と分かっているのに、体が全く言うことを利かない。こわばった顔のまま、アメジストはゆるゆると彼に手を伸ばす。
「そこで、キミは『神の子』となる……」
彼とアメジストの手が触れようとした、刹那。
一筋の風が彼の手に絡みついた。
「……これは……!」
「姫さん! そいつから離れて!」
自分たちではない、誰かの叫びが耳に届いた瞬間、夢から覚めたように全ての感覚が戻った。
一歩、後ずさると誰かがアメジストたちの間に割り入ってきた。
「……っ……野蛮だね」
「アンタ誰? 姫さんのオトモダチってわけじゃねーよな?」
目に飛びこんできたのは、派手に立てた金色とまばらに入った青の髪。
シーシアスだった。シーシアスがアメジストを後ろにかばう格好で、目の前の彼に大剣を向けていた。
「できれば、その武器をこっちに向けるのをやめてくれないかな?」
「姫さんにちょっかい出すのやめてくれるんなら、考えないでもねーよ。……どうする、いまここでやるかい?」
シーシアスの挑発に、彼はちょっと小首を傾げた。
「……やめておこう。キミ一人くらいいくらでも相手できるけど、怪我でもしたらつまらないからね」
もう一度にこりと笑って、視線をアメジストに向けた。
「ボクは諦めないよ、絶対にね。……また、会おう。呪われたお姫様」
そういい残すと、彼は後ろを向いて駆け出した。あっというまに距離が離れる。
彼の姿が見えなくなると、シーシアスは息を吐いて武器をおろした。
「なんだったんだアイツ……?」
シーシアスは首を傾げた。
「申し訳ありません……」
「構わん。いくらでもチャンスはある」
報告を受ける人物は、深く椅子に座りなおし、腕を組んだ。
「……期待しているぞ、ロビン」
その『言葉』に、彼は笑みを浮かべる。
「ありがたき幸せにございます」
ロビン、と呼ばれた彼はギュッとこぶしを握った。
「最後に笑うのは、ボクだ……それまで指をくわえて見てるがいいよ、クロウ」
喪ったものの大きさに涙するといい。
彼のつぶやきは、闇にとけて、消えた。