帝国年代記〜催涙雨〜

モクジ

  仲良きことは……?  


 まったく、いつまでたっても初々しい。
 それが皇帝ジェラールと皇妃コーシュカの仲睦まじさを間近で見せられている臣下たちの、共通の意見である。
 新婚ならまだ納得できる。だが、二人の間にはすでに皇子ヴィクトールが生まれているのだ。そりゃあ仲が悪いよりはいいに越したことはないが、それにしても限度というものがある。

「コーシュカ、君だけを愛している」
「まあ。ヴィクトールは愛してくださいませんの?」
「もちろん、ヴィクトールも愛しているさ。でも、私の中で一番は、君だ」
「うふふ、ありがとうございます、私の皇帝陛下」

 などと所構わずやられてはうんざりもするというものだ。しかも相手は皇帝、おまけに執務に支障は出していないどころか逆にはかどる始末で、余計に吐き出す場所がないのである。
「何とかならないのか、テレーズ」
「私に何とかしろというのか、あれを! ジェイムズ、自分が出来ないことを人に押し付けるな!」
 というわけで近衛騎士の中で夜勤のヘクターを除いた三人で宮殿に与えられたテレーズの部屋に集まり(さすがに酒場でこのことを話し合う気にはなれない)、管を巻いている次第である。
「まあ、確かにアレはきついよな……特に彼女もいない俺みたいなやつにとってはなあ」
 しみじみとベアが酒を口にし、ため息をつく。
 だん! とテレーズはカップを机に叩き付けた。
「おまえたちはまだいい! 男だからな。私なんか完全に妹に先を越された行き遅れ扱いだぞ! 陛下たちがいちゃつくたびに女官たちに哀れまれる私の身にもなってみろ!」
「……ご愁傷様、というべきか?」
 これは失言だった、とジェイムズが気づいたのは、すでにテレーズに殴られた後であった。
「……殴るぞ」
「もう殴っているではないか!」
「ああああ、二人とも落ち着いて……」
 あわててベアが二人をとりなしたとき、こんこんと部屋の扉が叩かれた。
「ジェイムズ。出てくれ」
「ちょ、ここお前の部屋……」
「今の失言の報いだ! 行け!」
「……ジェイムズ、素直に行っとけ。こじらせるとまずい」
「……分かった分かった」
 しぶしぶジェイムズが扉を開けると、そこにいたのは話の中心、いつまでも新婚気分のご両人であった。
「あれ? どうしてテレーズ姉さまの部屋にジェイムズがいるの?」
「こっ、皇妃さま……陛下まで」
「いやあ、コーシュカもたまにはヴィクトール抜きでテレーズと話したいだろうと思ったんだけど……お邪魔だったかな」
「いっ、いえっ、三人でただ酒を飲んでいただけで……」
 あわててジェイムズが体をずらして中が見えるようにする。中の二人もまさかの訪問者に呆然としている。
「あら、じゃああたしたちも混ざっていい?」
「コーシュカ、君はお酒はまだだめだよ? ヴィクトールがまだ乳離れしていないのだから」
「分かっています。お茶で我慢しますわ。ねえ、いいでしょう、姉さま」
 皇妃ににこにこと全開の笑顔で尋ねられて、断れるような猛者はここにはいない。
「あ、ああ……構わないよ。さぁ、陛下もどうぞ」
「じゃあ、失礼して」
 あわててテレーズが二人の席を作ると、二人はそこに落ち着いて三人と酒(コーシュカはお茶)を酌み交わした。
 そして女官が「ヴィクトール皇子が泣いている」とコーシュカを探しに来るまで、三人は普段よりも数段上の徹底的ないちゃつきを見せ付けられたのであった。
モクジ

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