帝国年代記〜催涙雨〜
あこがれのひと
どうして、どうしてなの。
少女は慟哭する。自らの半身たる、双子の兄の棺にすがって。
どうして、わたしじゃなかったの。
アストの葬儀のすぐ後。わたしはかあさまに呼ばれた。
「……アメジスト……」
かあさまは、すごく疲れた顔をしている。
「そなたは、カンバーランドへ行くこととなる。……そなたの歳から考えると早すぎるが、しかたがないのじゃ。ハロルド王には、よく取り計らってくれるよう、頼んでおる」
わたしは信じられない思いでかあさまを見た。だって、そんな。
まだ、アストのそばにいたいのに。
「いや! わたしいかない!」
「今回ばかりは、我が儘は許さぬ。聞き分けよ、アメジスト」
黒衣に身を包んだかあさまが、わたしに手を伸ばす。
わたしはその手をはねのけた。
「ぜったい、いや! かあさまなんてだいきらい! みんな、みんな……だいっきらい!」
「アメジスト様!」
ジェシカとリチャードの声を背に、わたしはその場から、逃げた。
どれくらい、走っただろう。
急になにかにつまづいて、わたしはそのまま前のめりに倒れた。……痛い。
体を起こしてみると、辺りは木、木、木。城の中にある森のようだった。つまづいたのは、たぶん木の根っこに足をひっかけたのだろう。腕やら足やら、あちこちすり傷だらけだった。
こんな痛み、なんでもないわ。……だって、アストは、もっと痛かったはずだもの。
「アスト……ごめんね……」
わたしなんて、生まれてこなければ良かったのに。そうしたら、アストは今も生きて、幸せになれたはずだわ。
アストが死んで、わたしが生きているのが腹立たしくて。
ギュッと手を握って、地面にたたきつける。……地面は草だったから、たいして痛くはなかったけれど。
もっと、もっと。アストは、もっと……。
その時、がさり、と枝葉の揺れる音がした。わたしはびっくりして、あわててそばの木のかげにかくれた。
「……参ったな。完全に迷ってしまったようだ……」
知らない男のひとの声。そっと木のかげからのぞいてみると、りっぱな身なりの男のひとが困った顔で立っていた。略装だけれども、剣もちゃんと持っている。
どうしよう、と思っていたら、ばっちりと目が合ってしまった。
「あのっ、君……」
「いや、ちかづかないで!」
もういちど、わたしは木のかげにかくれた。
あのひとが持っている剣が、アストに突き刺さった刃が、とても怖かったから。
男のひとはまた、まいったな、とつぶやいて、ふと自分の腰に目をやる。
「……ああ、これが怖いのだね? 少し待ってくれ、すぐに外すから……」
男のひとは剣を外して、すぐには手の届かないところへやってしまった。
……この男のひとは、たぶんきしさま。剣は、だいじなもののはずなのに。
「これで、怖くないだろう?……おや、泣いているのかい? どこか、怪我でもしたかな?」
……わるいひとじゃ、ないみたい。
わたしはおずおず、と男の人の前に出て行った。
「けがじゃ、ないの……」
「でも、手から血が出ているよ。このままだと化膿してしまうから、ちゃんと消毒しないと」
そういって男のひとは、わたしの手をとって座った。それにつられるように、わたしもぺたん、と座り込む。
男のひとは懐の水筒の水でわたしの手をきれいにした後、きれいな布でしばってくれた。
「これでよし。……君は、どうして泣いていたのだい? よかったら、教えてくれないかな」
お話しすることで、楽になることもあると思うんだ。男のひとはそういった。
その言葉に、じわりと目から涙があふれてくるのが分かる。
「あの、ね……わたしの、だいじなひとが、しんじゃったの……」
「……! それは、残念だったね。君の大事な人が安らかに眠れるよう、私も神に祈ろう」
ぽろり、と涙がこぼれる。
「そしたらね、かあさまが……とおくの国にいけって、言うの。まだ、アストと、いっしょに……いたいのにっ」
涙がとまらない。男のひとが困っているのは分かったけれど、とめられない。
「かあさまは、わたしがいらないんだ! わたしが、アストをころしちゃったようなものだもの……っ、だから、わたしがきらいになって、とおくにいけって、言うんだわ……!」
わんわん泣くわたしの頭を、男のひとはやさしくなでてくれた。
「そんなことはないよ。きっと君の母上は、君の事を思ってそうおっしゃっているんだと、私は思うよ」
「そんなの、うそだわ……どうしてあなたが、わたしのかあさまのこと、わかるの……」
「うーん、困ったなあ……そうだ、これをあげよう」
男のひとは、わたしの手に何かを握らせた。見てみると、それは何かを留めるためのもののようだった。
「これはね、私のマント留めだよ。私も普段は遠い国にいるから、すぐに駆けつけてあげられるわけではないけれど、君が泣くようなことがあれば、私は力の限り、君を助けると誓うよ。……だから、泣き止んでおくれ」
「っく、だいじな……もの、なんでしょう? もらえないわ……」
「大事なものでなければ、意味がないだろう? 約束の証なのだから」
男のひとは、そう言って笑った。
どきん、と胸が鳴る。
「そろそろ、行かなければ。もう、大丈夫だね?」
「ま、まって!」
呼び止めたら、男のひとはわたしを見つめた。なにか、なにかお返しをしなきゃ。
思いついて、わたしは髪の毛をしばったリボンを解いた。
「あのね、これ。……やくそくの、あかし」
男のひとはにっこりと笑って、受け取ってくれた。
「うん。約束の証、だね」
わたしの頭をもう一度ひとなでして、男のひとは立ち上がった。
「それじゃあ、私は行くよ。……あまり、気を落とさないで、元気を出しなさい。きっと、君の大事な人も、そう思っているよ」
「うん。……また、あえる?」
「君が望むなら。じゃあ、またね」
「うん、またね、おにいさん……」
小さく手をふって、男のひとは元来た道を戻っていった。
その後、少女は幼馴染たちに発見され、幼馴染たちと別れを惜しみ、また泣いた。
そのときには、少女はすでに遠いカンバーランドへ行くことを受け入れていた。
少女がまた会えるかとたずねた彼に再会したのは、そのすぐ後、母からカンバーランド王子を紹介されたときのことだった。
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