帝国年代記〜催涙雨〜

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閉じた世界、至上のゆりかご


「ねえ、アスト。私たち、ずっといっしょだよね?」
「もちろんだよ、エオス。私たちは、いっしょだよ」

 それは、日課のようなものだった。
 大きなベッドにむかいあわせでぺたりと座り、子どもたちは手を合わせる。

「父親もわからぬ子どもを産むなど……」
「まったく、焔姫様も何をお考えなのか……」

 まわりのおとなたちの陰口。
 さすがに本人たちの目の前では慎むものの、どうせ年端もゆかぬ子どもには分からぬと、口々にささやく声。

「魔力の高い公子はともかく、公女の方は……」
「いずれ、この国に災いを呼ぶだろうよ……」

 言葉の意味は分からねど、そこに込められた悪意には、むしろ子どもたちの方が聡かった。

「ねえ、アスト。おとなたちはどうして私のこと、わるくゆうのかな?」
「だいじょうぶだよ、エオス。私がまもってあげるから、あんしんして」
 髪も、服も、そして合わせた手のひらさえも、まったく同じ。

 まるで鏡写しのような、二人の子ども。

「やくそく、だよ」
「うん、やくそく」

 子どもたちはそうやって、相手の目に映る自分の姿を見る。
 そう、ここは、子どもたちだけの。

――閉じた、世界。

「ねえ、エオス?」
「なあに、アスト」

 子どもたちの『ゆりかご』であった閉じた世界は、ある日突然崩壊した。
 ほんとうに、あっけなく。

 金臭い臭い。
 大勢のおとなたちが、ざわめきながら子どもを囲んでいる。
 子どもは、必死に隙間を縫い、『片割れ』の元へ……

「いやあああああ! ライブラあっ……」

 ほんの少しのイタズラ心の代償は。

 壊された世界。

 片割れの喪失。

 父なし子だから、と噂されても。
 不幸を呼ぶ子だ、と蔑まれても。
 二人一緒だったから、頑張れた。

『私は、エオスがとってもだいじだから』

 いつもそばにいてくれた彼は……もう、いない。


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